connecting...
Google translation for articles :
3 NEMBER donated to you!!

人は言行不一致を生まれながらに嫌うか?

nem1.71xem (3) 298 0 2

 

『肉汁滴るハンバーガーを貪りながら動物愛護だとか全ての生命に対する博愛精神だとかを熱心に説く人』

を見たらどう感じるだろうか?

 

おそらく、発言と振る舞いが一致しないおかしな奴だという印象を抱くだろう。

 

世間的にこのような人は、ペテンだとか厚顔無恥だとか、おまいう、ブーメランとかいう誹りを受けたりするし、その上逆ギレでもしようもんならキチガイの烙印が押されるだろう。

 

このように、こうあるべきという姿勢態度や発言と実際の振る舞いが乖離している人は端から見たら違和感を生じさせるものだし、また、当の本人も自分がそういった状態に陥っているということを自覚した際に自己嫌悪に陥ったりすることが多い。

 

先ほどのように逆ギレする人も、実のところは何の後ろめたさもないわけではなく、その不快な感情の整理が付かない辛さや葛藤の裏返しとしてキレていることが多いのだろう。

とすると、彼をキチガイと見るのはある種誤りなのかもしれない。

 

さて、この背景には

人間には、自らの態度や知識、自己イメージ(私が思うあるべき私像)、そして発言や行動などに一貫性がない部分があると認識した際、是が非でも一貫させるように努める

という傾向があるのだろう。

 

だからこそ、それに反する他者を見ても、また自分がそれに反していても不快に感ずるのだ。

 

これは社会心理学において、認知的一貫性理論として定義されており、実際に自らの矛盾を嫌い、あの手この手で修正しようとする結果が確認されているようである。

 

有名な例として、朝鮮戦争の際に捕虜となり戦犯管理所に放り込まれた米兵の話がある。

 

彼らははじめ、これからどんな過酷な拷問をされるのか戦々恐々としていたが、実際の待遇たるや、なんと穏やかで慈愛に満ちた指導教官と一緒に皆で和気藹々とセミナーを受講することになったのだ。

 

セミナーでは「テーマに沿って、自由意志に基づいて書いたとされる作文」を発表する機会が設けられ、参加すればささやかなご褒美まで貰える。

なんと素晴らしい扱いだろうか。

ちなみに、そのテーマは大抵

『アメリカの邪悪で野蛮なところについて考えよう』とか

『資本主義が搾取に満ちた最低最悪の経済体制であることを証明しよう』とか

そういうものである。

 

お分かりかも知れないが、これが洗脳である。

 

殴る蹴る、脅迫して強制するよりも、自発的にそれを行ったように仕向けた方が責任転嫁や言い訳による一貫性の維持(ex.『やらされただけだから私は何も悪くないし、以前と何も変わってない』)が困難となる為、より強くその影響が残りやすいのだ。

 

案の定、彼らは祖国に帰還してから共産主義の素晴らしさを説き始めたらしい。

 

日中戦争の際も同じような事があったようだ。

いつまでもその洗脳が解けない成れの果てが、怪しい平和団体の長老のようなポジションに就いているのだろうと思う。

 

なお、フットインザドアテクニックなども実はこの技術が用いられている。

 

「小さな要求を呑んだ(≠無理やり呑まされた)」時点でやはり負けなのだ。

呑んだが最後、ビールやらコメやらご褒美も与えられ、徐々に客側がなし崩し的に追い詰められ、引くに引けなくなり、結果的に新聞というインクの染み付きの高級雑紙を長期で契約させられてしまったりするのである。

 

ところで、ビールだけ欲しい場合、家の中で貰うシチュエーションはサイコじゃなければ良心の呵責が生じるので避けた方がいいだろう。

「家の外に彼らが勝手に置いていった」ビールを拾って飲んでると意識すれば痛くも痒くも無いので新聞屋に連絡しなくて済むのだ。

 

しかし、最近は彼らも財布の紐が硬いようで、契約成立してからしか置こうとしない人が多い。

タダのビールを期待している善良な消費者様をなんだと思っているのだろうか?

 

誠に遺憾に思うところである。けしからん。

 

 

 

駄話はこれくらいにしておく。

 

以上の一貫性を希求する傾向について、我々のような社会化された一般市民がこれを聞くと、ごくごく当たり前の、もはや検討の余地が全く無いほど自明の「生まれながらの性質」であるように思えてしまう。

 

「影響力の武器」という有名な本があるのだが、この中でも一貫性を維持する為の人間の行動パターンは、例えば、親鳥がヒナの声を耳にしたら決まった養育的反応をするとか、蜂が蜜を発見したらダンスをするとか、テープの自動再生(カチッ、サー!)のようなものであると述べられていた。

 

しかしながら、個人的にオートマチックな仕組みとしてこれを語るのはやや抵抗感がある。

というのも、文化差の影響が案外大きいからである。

欧米文化圏においては、理性的であることが特に重視されている為、当然矛盾は大変忌避されるものだろう。

 

対して、先ほど旧日本兵の例を取り上げておいてこういうのもそれこそ一貫性がないのかもしれないが、日本人は少なくとも相対的にこの傾向が弱いように思われるのだ。

 

柳田國男という民俗学の大家がいる。

彼は、我が国における知識や文化といったものがそれぞれの畑間で、外部との相互干渉が起こりづらい『ウチ』を形成しており、それら無数のウチが重なり合い層を形成しているということを述べていた。

我々個人の精神においても、その影響から『それはそれ、これはこれ』という割り切りが比較的容易に行えると考えると、理性の名の下に矛盾を発見したら手段を問わず直ちに修正しようと強く動機付けられる機会は少ないのではないか?

 

無論、これは本来気付いたら耐えられないからこそあえて気づかないように蓋をするという経験的な知恵の現れであるとも解釈できるし、であれば、この『本来』というのは人の生まれながらの、先験的な特性ということになる。

 

だからこそ(おそらく実現するのは不可能に近いであろうが)、真っさらな人間を用意して、『ドウブツアイゴ』とか『ハンバーガー』といった概念、事物の意味だけを把握させ、かつそれらを好むように教化した上で

ハンバーガーを喰いながらドウブツアイゴを説かせた時、彼らの中に『後ろめたさ』とか『自己嫌悪』といった違和感、不快感のようなものが発生するのか否かが大変気になるのである。

 

彼らもそう思うのであれば、一貫性を求める傾向は機械的メカニズムに基づくカチッ、サー!的な要素が大きいのだろうが、果たして?

 

 

Why don't you get crypt currency 'nem' by posting your blog article?

nemlog is blog posting service which has donation feature by crypt currency nem.
nemlog was launched to create environment which can be donated nem among NEMbers via blog articles.
Let's get nem by posting good blogs.

Nem prize event is being held frequently, Please join us on this opportunity!

nemlog registration from here
Register

NEMber who posted this article

二億円なんかいらない。
6379
0