Wait a moment...

日本以外全部沈没 〜博士の異常な愛情との違い〜

nem5.60xem (3)
473
4
2019-02-20 12:49:27
日本以外全部沈没 〜博士の異常な愛情との違い〜

 

世界の終わりについて。

 

物事というのは終わるまでは終わらないが、終わりはあるだろう。

世界もいずれ終わるのだろうが、はて人は終わるまでそれを受け入れられないのか、それとも受け入れ諦めるのか。このテーマにおいて、この二つの作品は対局にあるように感じた。

 

博士の異常な愛情と日本以外全部沈没

どちらの作品にも象徴的な博士がいる。

ストレンジラブ博士と田所博士。

両者ともに、世界は終わるのだからひとまず今を楽しめというが、悦楽の後に対する姿勢が真逆だ。

 

前者における終末は核兵器により人為的にもたらされるものであり、かつ人々も世界の終わりを全ての終わりとして受け入れようとはしない。

ストレンジラブ博士は、今ある世界は終わるが、その上で次なる世界においていかにしてかつて米国だったものがソ連だったものに対して優位を保つか、これを説く。

地上には住めないので地下に潜れ、聡明な男子と美しい女子を選別して地下に住まわせろと。

世界が終わっても明日はあり、故にこれからも争いは続くのである。

 

一方、後者の終末は地殻変動によりもたらされるもので、終わりの過程に人は不在である。

日本以外が次々と沈みゆく中、各国首脳や国連の重役をはじめ世界中のガイジンが日本へとなだれ込み、媚びを売り、なんとか生き永らえていた。

そして、日本もまた最終的に沈むのだ。

そこでの人々は確かに今を生きるものであった。

 

さて、よく今を生きる者と明日のために努力する者という生活上の態度に関する対比を見かけるが、本質的には大同小異である。

今を生きる者も、明日のために努力する者も、結局は快楽を得るまでに耐えられる時間が短いか長いかの差である。

1秒か10年か。

 

田所博士が言う今を楽しめというのはもちろん酒を飲めるうちに飲めるだけ飲むというような意味合いもあるのだが、それ以外に

 

目一杯楽しんだ。

さて、その後はどうするか?

 

という思考を放棄せよという意味も含まれているように見えた。

というよりも、そちらが主である。

楽しみのためにあらがおうとするから、問題への対処と称していつまでも争う。

 

この映画においても終盤、かつて偉かった太鼓持ちたちの溜まり場となっているクラブが北の将軍様によく似たテロリストに占拠される。

 

そして、その蜂起が失敗すると同時に幼児退行した博士が三輪車に乗って現れ、世界が終わると告げても、救いを求めるものは消えず、また元大統領が憂さ晴らしに総理大臣を酒瓶で殴ったりする始末であった。

 

しかし、いよいよ日本が沈没するその直前、世界中の者たちが静かにロウソクの灯を囲み明日を諦める。

つまり、終わりを受け入れることができた。

彼らは救われ、世界に平和がもたらされた。

 

ところで、私はこれをとても非現実的な話だと思う。

無論、急激な地殻変動についてではなく、終わりに臨む人々の描写に関してだ。

 

物理的な意味で世界が終わるまで終わらないように人もまた終わるその時まで終わりを認めず、ある者は必死に財産を溜め込み、またある者は敵を瓶で殴り続けるだろうと思う。

滅びるその瞬間まで。

 

しかし、物語の中でのみ成り立つものだとしても、彼らが終わる前に終わりを受容できたこと、その様が大変綺麗に見えたのは確かだ。

これが核によってもたらされた終わりならば、この最期は欺瞞になる。

核ならキューブリックが最適解だ。

 

しかし、本作の終わりはあくまで地球のせいだったからこそ、一瞬とはいえ純粋な平和がもたらされたと言われても胃もたれしない

 

https://www.amazon.co.jp/日本以外全部沈没-DVD-小橋賢児/dp/B000GQMJAM

 

https://www.amazon.co.jp/日本以外全部沈没―パニック短篇集-角川文庫-筒井-康隆/dp/4041305225

 

Comment
物愚者
物愚者
2019-02-21 17:17:40ID:61003

>>のののん::さん



>主観的な『世界の終わり』とはやはり自分の命が終わるとき
そこなんですよね。
勿論少しは悟る人がいるとして、大勢としては悟らないだろうなぁと。

だから、私が終わるまで終わらないから、終わるまで人にお金はあげない、ボクが終わるまで殴るのをやめない!

のののん
のののん
2019-02-21 17:04:21ID:60994

コメント欄で笑ってしまったwどらげない笑

沈没して世界が終わるとき、やっぱり争いは絶えないと思います。結局は『受け入れられる人』と『最後まで争う人』に別れるんじゃないかなぁと…漠然とした考えですが。
世界側が終わったとしても、主観的な『世界の終わり』とはやはり自分の命が終わるときだと思うので、いくら世界が続いていこうとも自分が死んだらその世界は終わり。自死でも事故でも、自分は、自分にとっての世界のおわりは穏やかに迎えたいです。

物愚者
物愚者
2019-02-20 18:48:51ID:60148

>>えっさん&小梅ちゃん@nemlogコメンテーター::さん

それはマジでどらげない

えっさん
えっさん
2019-02-20 18:27:27ID:60118

SEKAI NO OWARIかと思ったうぇ~い(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

この記事を書いた人
竿と玉。 潰瘍持ちの胃。 そんなに生きることに焦ってどうするんだい?