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変わってきたことは今変えることを肯定する根拠になるか

nem7.30xem (5) 208 5 1

下流の石が丸みを帯びているのは、長い間その河を流れてきた中で徐々に角が削られてきたからに他ならない。

 

何事も、長い時間を経る中でそのあり方が変化することがあるだろう。

 

しかし、その石というのはあくまで長く流れてきた中で結果的にいつのまにか角が取れて綺麗な形になったわけであって、流れに削られてできた丸い石と人が機械的に角を取って丸くした石とは本来ベツモノである。

 

前者は角ばった石から丸い石に変わったものだが、後者は角ばった石が丸い石に変えられたものだ。

丸く変えるという明確な目的があり、それは石が丸くなるという結果に先立つ。

 

異質だ。

石だけに。

 

しかし、両方とも「角が取れた丸い石」と見做す人にとってはどちらも同じものである。

彼らにとって、石の角が取れる過程にある差異などはさして重要ではなく、「石を丸い形に変えることができる」という結果の方が重要なのだ。

 

そらみろ、上流で拾ってきた石と下流の石は明らかに形が違うじゃあないか。

石の形は変わる。

ということは、変えることもできるのだ。

 

結果にのみ興味を持つ者がある石を丸くしたい時、河に任せるのは時間がかかるから手っ取り早くウォーターカッターなりレーザーなりで削ってしまおうということになる。

 

なぜなら、上流から下流に石が向かうにつれて起こる変化とその加工によって起こる変化は本来等価であるのだから。

 

その石、無事丸くなるといいですね。

 

途中で割れたり、歪な形になったり、停電して機材一式がうまく動かなくなったり、あるいは石権保護団体からの苦情にも苦しむかもしれませんが、頑張ってください。

 

仮に失敗しても一矢報いる強い意志を意識して。

石の上にも三年ってよく言いますし。

 

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Comments from NEMber
物愚者
2019-02-21 19:20:54ID:61165

>>のののん::さん

なんといいますか、
この世に無駄なことなどないと、そう言い切ってしまうとあらゆる切り捨て、変化のような行いに対する反論を説く相対論と懐古論の抱き合わせみたいになってしまうんですが

変わること自体はありますし、また、彼らがいうようにさっさと変えた方がいいものというのも中にはあると思うんです。
例えば、職場のPCのOSがWindows XPであったならば、これはさっさと変えた方がいいと思うんです。
これは「無駄」といって差し支えないかと。

のののん
2019-02-21 19:12:44ID:61143

お寿司の記事の続き!
ある意味、『この世に無駄なことなどない』ということなのかもしれませんね。
効率化を図るということは『無駄』と思われるものを省くということで、本来無駄と思われる部分も含めたものを求める人からすればそれは無駄ではないわけですから。

物愚者
2019-02-20 21:19:31ID:60245

>>マクト::さん

ご指摘の通り、先ほどの記事の続きみたいなもんです。

ある物事に関して、それが現在まで何かしらの変化を経てきたということを、変わったということだけに注目して、「変化させられる可能性」として捉えて「急に意図的に変える」となると、硬直したり、思ったように変化しなかったり、壊れたりするんですよね。よく。

新井マクト 🦎🦎🦎
2019-02-20 20:51:02ID:60233

同じ丸い石でもその変化に対する過程が変わればもはや別物だと思います。
形、材質、質量が同じであったとしても厳密には作られた過程が違えば同じとは言えない。
数学的に言えば「≒」である。
そして、そこには大きな違いがあって後者は人工的に変えられたものである。これは非常に危惧すべきことであり人をかえさないと自ら変われないという問題に直面してしまう。
前者はその時の状況によって絶えず変化を起こすことが出来る。

合理的に考えることも大事だがその時の状況によって絶えず変化をして結果的に丸くなることも大切だ。

1つ前の記事で物愚者さんが記事にしていたホリエモンの寿司職人の話しに繋がってるのではと、想像してしまいました。違うかもしれんけど。
同じ寿司ではないんだよね~。
メメタァ!
🦎🦎🦎

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二億円なんかいらない。
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