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2 〜魔性の数字〜

nem9.72xem (6) 263 7 0

白と黒、静と動、陰と陽、善と悪、男と女、東洋と西洋。

 

あらゆる物事は、分けようと思えば2つに分けることが可能です。

そうすることにより、思考に割く精神的あるいは物質的な資源を節約することができるため、その意味では合理的ですよね。

 

ただ、この2という数字、実はとても危険なのです。

いや、彼自身に罪はない。

核兵器もそれ自体に罪がないように、彼もまたあくまで道具ですので。

 

しかし、2が人によって用いられる時、思慮分別を欠いた用いられ方をする時にそれは得てして我々に牙を向けることでしょう。

それはつまり、2が「あるもの」と「それに相対するもの」の対立を示すために用いられる時です。

 

さて、対象の本質的な「差異」に注目した結果、2つに分けて比較することが妥当であると見做された際、彼は大変優秀な働きを見せます。

 

例えば、生物を動物と植物という2つの区分に分けて比較するのは妥当かと思われますし、そこから生まれる結果自体もまた我々の生活に貢献する有意義なものでしょう。

 

しかし、対立を前提とした文脈における2は牙を向きます。

その関係性において、両極は相互に最大限に高められた衝撃を躊躇なくぶつけ合うでしょう。

勝利するか、もしくは死か、という限られた道のうち、どちらを選択するかと聞かれれば当然皆が勝利を選ぶので、果てしない闘争に突入するのです。

 

2がこのような過激さを持つのに対して、3というのは比較的穏やかな性質を持つのではないでしょうか?

 

孔明が天下三分を説き、モンテスキューもまた三権分立という概念を説いております。

双方ともに、上記のような闘争の発生を防ぐために3を用いている様子を見ると、古来から3が持つこの性質は見出されていたのかと。

 

しかし、ならば数を増やせばいいというわけでもありません。

濫りに増やすとそれはそれで、複雑すぎて均整を欠き、我々を瞽にしたり、新たな混乱と火種を生む原因にもなり得ます。

これでは道具としての機能を果たせません。

 

性格を内向性と外向性という性質によって捉えようとするユングの2元論に対抗する形で、性格を微塵切りにして事細かに観察しようとする特性論的アプローチというのが生まれましたが、刻めば刻むほどに、今度は大枠としての性格を把握するために用いるツールという本位を失います。

故に、それも結局は5で落ち着きました。

 

座標で物事の性質を把握する場合も、X軸だけを設けて、そこにおいて原点からどちらの方向にどれだけ離れているのかという側面だけから捉えるのは危険を伴いがちですが、かといってYZ何某と無闇矢鱈に軸を増やせば本質理解に近づけるかというとそれもまた違います。

 

あまりに単純化すると争いを生み、あまりに複雑化すると分類が分類としての機能を失うので本末転倒になる、難しい話ですね。

 

ところで、ヘーゲルという方が説いた弁証法という概念について。

あれは、2の対立は非妥協的で相互に満たされる第3の道の発見に繋がり、それを通して世界はより善い形に進歩していくというものだったと思います。

それは神によって保証された自明の結果です。

そして、マルクスがそこから神を引き摺り下ろして、代わりに人間理性と物質的な科学を座らせました。

 

確かに、対立が学術的な進歩やイノベーションといったものを促進し、それによって第3の道が発見されることもないわけではないですね。

しかし、現実的にそれは稀有な例かと思われます。

 

この発想の問題点は、進歩を対象や文脈を問わず起こる法則的に自明なものと捉えているところです。

つまり、我々は、約束された進歩をその法則が示すレールの上を直進するだけでもれなく享受することができると認識しているわけですね。

 

ところが、実際は第3の道が見つかる方がレアなのです。

 

多くの場合、2の対立というのは、力のある者がもう片方を叩きのめして勝利し、相手を抑圧するという結果を生みます。

あるいは、奇跡的に妥協するとしても、それは第3の道ではないですし、争いの後に生まれる妥協というのは得てして相互にとって不利益を伴うものになるでしょう。

 

そこに至っても、進歩の色眼鏡を通して見て、その惨状を進歩だと言うのであればそれは誤りです。

しかし、詐欺ではない。

詐欺というのは意図的にそれを行うから詐欺なのであって、当人が進歩の自明性を疑わないのであればその人にとっては真実です。

だからこそ、2の争いの先には絶対に3があるという法則を過信する進歩的な世界観というのは危険なのではないでしょうか?

 

進歩はラディカルでなく、漸進的なものであるべきです。

急進的に事を運ぼうとするから、単純な2項対立に陥ったり、ありもしない3に縋る者が現れます。

同時に、進むべきところで進まないのもよくありません。

もし本当に理想的な第3の道があるならば、それを享受しないのは愚かです。

 

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Comments from NEMber
物愚者
2019-03-19 22:20:35ID:84477

>>7zoesan::さん

7と8が験担ぎ的に好きです(適当)

7zoesan
2019-03-19 22:19:17ID:84475

私は昔から3と7が好き♫根拠はないけど、更に好きになりました!

物愚者
2019-03-19 21:50:23ID:84422

>>やそ::さん

www

やそ
2019-03-19 20:57:19ID:84390

>>物愚者::さん

そんなのを3なんて呼ばせないわっ!

物愚者
2019-03-19 16:26:17ID:84293

>>やそ::さん

11...

やそ
2019-03-19 16:23:26ID:84291

コンピューターという0と1しかない2進数のものに頼っている時点で世界は争うしかないということがわかった気がします。

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二億円なんかいらない。
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