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【古事記入門】その34 ヤマトタケル8

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今回はヤマトタケルの弔いの話です。

 

ここに倭にます后たち、また御子たちもろもろ下りきまして、御陵を作りき。

すなはち其地のなづき田に匍匐(はらばひ)廻りて、哭しつつ歌よみしたまひしく、

なづきの 田の稲幹(いながら)に、稲幹に
這い廻(もとほろ)ふ 野老蔓(ところづら)

 

タケルが能褒野(のぼの)で力尽きたという知らせを受けて、大和に残っていた妻や子どもたちが、やって来ます。

今まであんまり詳しく書かれてませんでしたが、6人の息子と6人の妻がいることが確認できます。
(走水の海に入ったオトタチバナヒメとの間にも、若健王という息子がいます)

 

 

彼らは能褒野に陵墓を作り、悲しみのあまり田んぼのなかに突っ伏すようにしながら、歌をうたいます。

 

水の入った田んぼの、刈り取った稲のまわりの、芋のツタのように、私たちは這いつくばって嘆いています。

 

 

 

ここに八尋白智鳥になりて、天翔けりて、濱に向きて飛びいでます。

ここにその后たち御子たち、その小竹の苅杙(かりばね)に、足切り破るれども、その痛みをも忘れて、哭きつつ追ひいでましき。
この時、歌よみしたまひしく、

淺小竹原(あさじのはら) 腰なづむ 空は行かず 足よ行くな

 

ヤマトタケルの魂は、大きな白鳥となって、陵墓から浜辺の方へ向かって飛び去ります。

 

妻子たちは、細い竹を刈った茎にふれて足が切れるのにもかまわず、夢中で泣きながら追いかけます。
このときにうたった歌が

 

背の低い篠竹の原が、腰のあたりにまとわりつく
私たちは空は飛んでいけない うまく追いかけて行けない

 

 

またその海水(うしほ)に入りて、なづみ行でます時、歌よみしたまひしく、

海が行けば 腰なづむ。 大河原の 植草(うゑぐさ)、 海がは いさよふ

また、海の水をかきわけて追いかけて、うたった歌が

 

海を行けば、腰まで水につかってしまう
河口に生える水草のように、
海では、進みあぐねる

 

 

 

また飛びてその磯に居たまふ時、歌よみしたまひしく、

濱つ千鳥 濱よ行かず 磯傳ふ

白鳥が磯のあたりを飛んでゆくのを見ての歌。

 

浜を歩きまわる千鳥のように、私たちは置いてけぼりだ。あなたは磯伝いに飛んでいっていしまうのだから。

(メチャクチャ余談ですが、「浜よ行かず」が千鳥のノブの声で再生されるのは私だけでしょうか)

 

 

 

この四歌は、みなその御葬に歌ひき。かれ今に至るまで、その歌は天皇の大御葬(おほみはふり)に歌ふなり。

以上4つの歌は、ヤマトタケルの弔いのために歌ったのです。
ここに始まり、天皇の大御葬の際には、今でもこの歌をうたうのです。

 

 

とのことですが、なんとこの歌は現在にも伝わっていて、昭和天皇の大喪でも歌われていました。

Youtubeに映像があります。

 

誄歌第一・第二は1本目の 1:42:13 あたりから。

 

(誄歌第一)

なづきの 田の稲幹に、稲幹に
這い廻(もとほろ)ふ 野老蔓(ところづら)

 

(誄歌第二)

淺小竹原(あさじのはら) 腰なづむ

空は行かず 葦よ行くな

 

 

誄歌第三・第四は2本目の 33:10 あたりから。

(誄歌第三)

海が行けば 腰なづむ

大河原の 植草

海川 いざよふ

 

(誄歌第四)

濱つ千鳥 濱よは行かず 磯づたふ

 

 

 

 

かれその國より飛び翔り行でまして、河内の國の志幾(しき)に留まりたまひき。かれ其地に御陵を作りて、鎭まりまさしめき。すなはちその御陵に名づけて白鳥の御陵といふ。

然れどもまた其地より更に天翔りて飛び行でましき。

 

白鳥は、河内国の志幾(現在の南河内郡)に降り立ちました。そこで、その地に陵墓をつくり「白鳥の御陵」と呼びました。

しかし、またその地から天へと飛び去ってしまいました。

 

 

というわけで、ヤマトタケルの話はおわり。

 

 

 

よく考えると能褒野から志幾へ行くのに、海を経由する必要性がよく分かりません。

 

 

もしかすると風向きの関係とかがあるのかもしれませんが、私が思うに歌のほうが先にあって、無理やりこの話に当てはめたからだろうと思います。

 

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Comments from NEMber
kassy_nara
2019-04-04 21:37:43ID:96403

>>やそ::さん
京都の南にあったのは巨椋(おぐら)池ですね!
能褒野から志幾へのルートから考えると奈良湖の可能性はあり得ますね(笑)

珈琲ねむりや
2019-04-04 21:16:22ID:96378

>>やそ::さん
kassyさんが言ってる奈良湖か!

やそ
2019-04-04 21:15:01ID:96376

近江の海(琵琶湖)
とか、京都の南にあったと言うなんちゃら池、何でしたっけね?淀川沿いの低湿地帯とかその辺りなのかもしれませんし、
古く縄文海進の頃からの話とかが伝わってたとか。

この歌が今も歌われてるとは知りませんでした。
次の大喪の礼の楽しみが出来た(不敬)

珈琲ねむりや
2019-04-04 21:14:51ID:96375

>>kassy_nara::さん
どれが正しいのかは、実地調査組のみなさんに託します!

kassy_nara
2019-04-04 19:05:04ID:96291

ヤマトタケルの章、面白かったですw
古事記では能褒野の後に志幾になってますが、日本書紀では、その間に大和琴弾原が入ってて陵は3つになりますね笑
どちらが正しいのかわかりませんが、興味深いですね!

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