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【古事記入門】その39 神功皇后4

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香坂王・忍熊王の反乱を退け、晴れてホムダワケは皇位継承者としての立場を盤石にすることができました。

今回はそのホムダワケが、敦賀の地で、不思議な神様に出会います。

 

イザサワケとの名易

 

かれ建内の宿禰の命、その太子を率まつりて、御禊せむとして、淡海また若狹の國を經歴(めぐ)りたまふ時に、高志(こし)の前の角鹿(つぬが)に、假宮を造りてませまつりき。

 

さて建内宿禰は、香坂・忍熊王との戦の血で穢れた太子ホムダワケのからだを清めるべく、近江、若狭、越前の国へとミソギの旅に出て、越前のツヌガ(今の敦賀)という土地に仮の住まいをこしらえ、ホムダワケを滞在させます。
(わざわざ越前まで行く意味が分かりませんが、まあ今回のエピソードを自然に挿入する都合上でしょう)

 

日本書紀によれば「ツヌガ」の地名は、古代朝鮮から「ツヌガアラシト」という人物が渡来したことに因むとされています。

 

ここに其地にます伊奢沙和氣(いざさわけ)の大神の命、夜の夢に見えて、「吾が名を御子の御名に易へまくほし」とのりたまひき。

 

すると敦賀の国のイザサワケという神が夢に現れて、
「私の名前と、御子の名前を交換してみたいんだけど」
と言います。

 

ここに言祷(ことほ)ぎて白さく、
「恐し、命のまにまに、易へまつらむ」
とまをす。またその神詔りたまはく、
「明日の旦、濱にいでますべし。易名(なかへ)の幣(みやじり)獻らむ」とのりたまふ。

 

建内宿禰は「かしこまりました。仰せのとおりに、お名前を交換いたしましょう」と答えます。
するとイザサワケは「明日の朝、浜においでなさい。名前の交換の記念品を差し上げましょう」と言います。

 

かれその旦濱にいでます時に、鼻毀(やぶ)れたる入鹿魚(いるか)、既に一浦に依れり。

ここに御子、神に白さしめたまはく、「我に御食(みけ)の魚(な)給へり」とまをしたまひき。

かれまたその御名をたたへて御食津(みけつ)大神とまをす。かれ今に氣比(けひ)の大神とまをす。

 

さて、ここからがヤヤコシくて、人々を悩ませている箇所です。

 

翌朝、ホムダワケと建内宿禰が浜辺に行ってみると、鼻先のやぶれたイルカが、浜に打ち上がっていました。

 

そこでホムダワケはイザサワケの神に向かい、「私に捧げものとして、魚(な)を下さったのですね」と言います。
この事績を讃えて、イザサワケの神を御食津大神、のちに気比大神と呼ぶようになりました。

 

 

 

イヤイヤ、名前交換してないじゃん

 

素直に考えればこうなるハズですよね。

 

ところが実際はこう。

 

どうゆうことなの?? っていうのが、古事記の読み手を悩ませてきたところです。

 

 

いちおう定説としては、「名(な)と魚(な)を掛けた、言葉遊び的なものだった」という解釈が有力です。

 

 

 

この説話がまだ口伝だった頃には、このシャレはけっこう効果的で面白かったと思います。

 

ところが、まだカナ文字の無い時代に『古事記』という書物にするにあたって、「名」と表記せざるを得ず、言葉遊びの妙が失われてしまったのです。

 

 

と、大筋ではこれでいいんだと思いますが、細部のニュアンスに関しては

  • イザサワケの神は本当に名前を交換したかったが、ホムダワケがトンチを利かせてかわした
  • イザサワケが含み持たせた意味を、建内宿禰は見破ることができなかったが、ホムダワケは見通すことが出来た。皇位継承者の資格あり。
  • 言葉遊びのトリックなどもともと無く、イザサワケは「魚をあげるから、私に新しい名前をつけてください」と頼んだだけ。古事記の編者が誤解して変な書き方をした。

などなど、解釈が分かれています。

 

個人的にはイザサワケがわざとややこしい言い方をして「ビックリした? 冗談だよ〜仲良くしようね〜」というニュアンスで読むのが好きなんですが、皆さんはどう感じるでしょうか?

 

 

 

「イザサワケ」の素性についてはハッキリ書かれていないのですが、『日本書紀』で朝鮮から敦賀に渡ってきたとされる「ツヌガアラシト」と深い関係があると見ることもできます。

で、『古事記』でももうちょっと後に「アメノヒボコ」という人物がむかし朝鮮から渡来し、神功皇后の祖先になったという話が語られるのですが、このエピソードがツヌガアラシトの話と酷似しており、もともとは同一の伝承だったのじゃないかとする説もあります。

 

 

もしそうであれば、イザサワケはホムダワケの祖霊であり、今回のミソギは、祖霊に挨拶し、その加護を得るための旅だったとも考えられます(オオクニヌシがスサノオに認められたように)

そして、その大切な旅が首尾よく終わって、これで気がかりは何もないということなのでしょうか。
大和に帰った建内宿禰と神功皇后は、酒を飲んで大ハシャギします。

 

酒楽の歌

 

ここに還り上ります時に、その御祖息長帶日賣の命、待酒を釀みて獻りき。
ここにその御祖、御歌よみしたまひしく、

この御酒(みき)は わが御酒ならず。
酒(くし)の長(かみ) 常世にいます
石立たす 少名御神の
神壽(かむほ)き 壽き狂ほし
豐壽(とよほ)き 壽きもとほし
獻(まつ)り來し 御酒ぞ
乾(あ)さずをせ。ささ。

 

ホムダワケと建内宿禰が旅から帰ると、神功皇后はお酒と食事の用意をしていて、宴をはじめます。

このお酒は、私が作った酒じゃないのよ
お酒の専門家で、常世の国の
スクナビコナの神様が
クレイジーなお祝いの言葉で
いっぱいの、お祝いの言葉で
作ってくださったお酒よ
残さず飲みなさい、さあさあ。

 

ここに建内の宿禰の命、御子のために答へて歌ひして曰ひしく、

この御酒を 釀(か)みけむ人は
その鼓(つづみ) 臼に立てて
歌ひつつ 釀みけれかも
舞ひつつ 釀みけれかも
この御酒の 御酒の
あやに うた樂し。ささ。

 

建内宿禰は、ホムダワケのかわりに返歌をうたいます。

この酒を つくった人は
鼓を臼のところに置いて
歌いながら つくったのかも
踊りながら つくったのかも
なぜなら、このお酒を飲むと
とても愉快なのですから。さあさあ。

 

ホムダワケが酒を飲めるような年齢だったのかは気になるところではありますが、お祝いごとに際して、母親や仲間のおじさんの方がハシャイでしまうのは、「あるある」な気もします。

 

 

およそこの帶中津日子(たらしなかつひこ)の天皇の御年五十二歳。御陵は河内の惠賀(ゑが)の長江にあり。

皇后は御年一百歳にして崩りましき。狹城(さき)の楯列(たたなみ)の陵に葬めまつりき。

 

仲哀天皇は九州遠征の間に崩御し、享年52歳。陵墓は大阪府藤井寺市の惠我長野西陵とされています。

神功皇后は101歳まで生き、陵墓は奈良市山陵町の五社神古墳とされています。

 

ホムダワケが第15代応神天皇として即位するのは、神功皇后の崩御の翌年でした。

 

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Comments from NEMber
珈琲ねむりや
2019-04-21 23:36:56ID:107671

>>BleRoom::さん
全力で拡散しますw

BleRoom
2019-04-21 23:02:58ID:107600

>>珈琲ねむりや::さん

さかな…ナ…起源を考えると止まらなくなりそうですね。笑
これからは私も現代版・高尚なギャグを記事に取り入れるとします…笑

珈琲ねむりや
2019-04-21 22:44:26ID:107573

>>BleRoom::さん
ここは本当に面白いですよね!
素朴さが持ち味の古事記にしては、珍しく気が利いてる洒落だと思います。

和歌の技法の「掛詞」なんかも同じようなものだと思うんですけど、これが笑えるものだったのか高尚なものだったのかは、当時の人に聞いてみないと何とも言えないですよねー。

関係ないですけど「さかな」っていう言葉はもともと「酒の肴」の意味が先にあって、ツマミとしてよく食べられるのが魚(うお)だったので、転じてサカナと呼ばれるようになったという雑学を聞いたことがあるんですが、個人的にはこの魚(ナ)の音も無関係じゃなかったんじゃないかと思ったり。

BleRoom
2019-04-21 22:07:39ID:107549

ナの言葉遊び、カルチャーショックでした。
アメリカのギャグのような?
当時はきっと、これ言えば皆がズッコケたんですかね(笑)

珈琲ねむりや
2019-04-19 20:50:40ID:106338

>>やそ::さん
正直あんまりくわしくないんですが、そう考える材料はけっこうあるっぽいです。

やそ
2019-04-19 18:20:33ID:106273

高志の国はもしかしたら結構有力部族だったのかも知れない。
と読んでて思いました。

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