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「科学者が人間であること」備忘録

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「人間は生き物であり、自然の中にある」

これは以前ご紹介した「のこす言葉 ナズナもアリも人間も」の著者中村桂子さんの科学者と姿勢を表しており、本書では科学研究が科学技術に置き換わっていくことで自然が数値化され、「死物化」することの問題点に触れ、科学者の生き方、在り方について述べられています。

 

科学の在るべき姿

 

中村さんは科学の本来の姿は自然と向き合うことであり、そこから自然観、人間観を生み出すことにあり、科学は一つの文化であると述べています。

しかし、現代の科学はコミュニケーターを介さずには一般人には理解できないような言葉で溢れており、生活から離れて存在しています。音楽がコミュニケーターを介さずに誰でも接することができて、楽しめるように、科学もそのように自然に生活の中に在るべきであり、そのためには科学者自身が日常的な生活者としての感覚を持って、自然と向き合うことが大切だといいます。

 

生き物としての実感を持つこと

 

現代の文明生活において、私達の日常生活は生き物であることを実感できません。朝、目覚まし時計に起こされることなく自然に気持ちよく目覚め、新鮮な空気を体内に取り込み、朝食をいただき・・こんな生き物として当たりまえの「生活」ことをすることも難しくなっています。

ギリギリまで寝て、朝食をお腹に流し込んで、満員電車へ駆け込み、一日中コンクリートと建物の中で座って過ごし、余暇は携帯やTVをみて過ごす。こんなことを繰り返していれば生き物としての実感を失うのも無理はありません。食べ物はすべて賞味期限、消費期限という数字で管理され、お風呂もちょうどいい湯加減で勝手に沸いてくれます。そのため、工夫するために考えることや自分の持つ感覚に頼る機会も減っています。眠る・食べる・歩くこうした生き物としての根源的な活動の中で自分の感覚を大切にして生きることが生き物としての実感を得るためには大切です。

 

生き物としての人間らしさ

 

進化の過程で得た言語やコミュニケーションが人間等有の想像力につながっています。逆説的に言えばコミュニケーションの希薄さは想像力の欠如を招くことになり、家庭や職場、子育てでの不協和など現代生活の問題の要因の大半はコミュニケーション不足による想像力の欠如であると思います。

また、母元を離れて無防備に仰向けで寝ることができることや子育てに祖母以上が関わることも人間の特徴だといいます。最近ではこうした家族形態が崩れてきていますが、生き物として、そこの関わりを重視することも大切だと言えます。

また互恵性や利他性も他の動物にはない特徴であり、幾度となく自然の猛威に晒されながらも命を繋ぐことができたのも、ヒトの互恵性や利他的行動によるところも大きく、これらの社会的行動はヒトの進化において重要な役割を果たしています。こうした人間の特徴や人間の感覚は常に自然とともに在ったものでしたが、ベーコンが「知は力なり」と自然の操作的方法を唱えて以来、ガリレイは物体の運動の実験的研究により、力学の基礎を作り、デカルトは「力学的自然観」よって自然を量的な存在と見なし、自然や生物を機械装置のように捉えました。デカルトが打ち出したこの自然観はニュートンが力学的運動法則を発見し、観察と実証に基づいた近代科学の礎を築きます。しかし、同時期にドイツで光に興味を持ち独自の色彩論を打ち出しており、自然の科学的理解に強い関心のあったゲーテはニュートンに対して「自然を拷問にかけている」と非難したと言われています。

自然の中から意識や感覚などの人間の意識により描写される「主観的自然観」は取り除かれ、自然は幾何学、運動学的描写により客観的に描写されるようになります。こうように考えると自ずと物と心を分け、主観と客観を対置する二元論的世界像が生まれることになります。客観的な描写により人間や自然を物と考え、意識と分けることにより、「死物化」されると著者は考えます。その流れの中で生まれた現代の生命科学は「生きものとしての人間を知り、そこから新しい生き方を探る」ものではなく、「人間を機械としてみて、その故障を治す技術を開発してお金を儲ける」ものになっており、科学研究が自然から乖離した結果、自然破壊、汚染、異常気象など自然のバランスが崩れており、それは生物である人の内にある自然のバランスもまた、壊しているといいます。

 

「自然のバランスを壊したのはあまりにも効率を求めすぎることで時間を切り、人と人との関係を切ってきたからです。」

 

 

科学に必要な思想と教養

 

自然や生命を説明できることが「わかる」ことではありません。自分の日常と科学が明らかにしたことを重ね合わせて、生きることの面白さを実感することが「わかる」ことだと著者は言います。日本はアニミズムに代表されるようにあらゆる物事や減少に霊魂や精霊が宿るという信念や信仰、自然観を古来から持ってきました。アニミズムを持ちながらも近代化を果たした国は日本のみだといいます。こうした祖先から受け継いだ日本独自の世界観は一つの考え方で地球全体を一つにしようとするグローバリズムの波の中で大きな強みとなることは「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか?」でも述べられている通りです。繰り返しになりますが、科学者自身が生活者であり、思想家として自然とは、生命とは、人間とはという問いに向き合っていくことが必要であり、そのためには人文社会科学を中心とした教養を学ぶ必要があります。

多様な場、人、生き物を認めること、多様性に目を向けた中で科学研究をすすめていくことが必要であると思います。

 

感想

 

人が生き物であるという感覚を持つことは科学者に限らず大切な視点です。この本を読んでいたときは私は休暇中でしたが、私の休みの過ごし方はまさに「生き物」としての感覚を取り戻すことだと本書を読んで考えていました。健康についても様々な記事を上げてきましたが、「健康」について深く掘り下げていくと、やはり生物としての歴史、進化の過程に辿り着きます。昨日の「個性と教育」の話でも個性がなぜ必要かと考えたときにはやはり「生物」として「モテたい」つまり「繁殖機会を得たい」からとの話になりました。

「人間は生き物であり、自然の中にある」当たり前だけど、つい忘れてしまいがちなこの視点は、人の生き方や考え方、人間関係や社会生活を営む上で大切な視点であり、現代生活における多くの問題に光を当てるのではないかと思いました。

 

上で述べたように本書には「人文社会科学」の教養が大切とありました。nemlogには「人文社会科学のつどい」があります。タグ検索すると示唆に富んだおもしろい記事が多くあります。ぜひとも思考の旅の入り口にお使いただければと思います。

 

以上、備忘録として。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

紹介図書

中村桂子 著「科学者が人間であること」

 

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Comments from NEMber
物愚者
2019-04-20 01:44:18ID:106525

>>7zoesan::さん

はい〜

7zoesan
2019-04-19 18:15:17ID:106267

>>物愚者::さん
また、私と違った理解があると思います。ぜひ感想、コメントを聞かせていただければと思います!

物愚者
2019-04-19 18:00:01ID:106258

>>7zoesan::さん

ちょっとこれも読んでみます。
それからまたコメントさせていただくかもしれませんm(_ _)m

7zoesan
2019-04-19 17:47:22ID:106254

>>物愚者::さん
なるほどです。
紹介した本の著者もゲノム解析の科学者であり、科学的手法そのものは否定できないと言っています。
そういった意味ではやはりデカルトやニュートンは偉大です。でも宗教や文化をすべて否定しようとしたら戦争が起こりました。これは歴史ですね。
文化や多様性という人間らしさ、自然らしさを認めつつ、世界を理解するために科学を用いることが必要ですね。

物愚者
2019-04-19 15:47:54ID:106215

空飛ぶスパゲティモンスター教って、教育現場において創造論を求める声を皮肉るために生まれたパロディ宗教みたいですが、その様自体が皮肉的なんですよね。

確かに、教育は科学的に行われるべきものだという主張は分からなくないし、その次元では宗教に反対するという彼らの姿勢は正しい。
しかし、彼らからはどうも教育という領域を超えて、科学の万能性に基づく宗教というもの自体に対する侮蔑が含まれてるように思えるんですよね。

そこまで来るとそれは科学による侵略であって批難されるべきじゃないのかなと。

物愚者
2019-04-19 15:41:43ID:106213

>>7zoesan::さん

扱っている対象が同じで、結論がやや異なる、というのが個人的感想でした!

私としましては、それが実生活という場面に現れる際には様々な価値観と天秤に掛けられるべきであり、科学が必ずしも特権を与えられるのは避けた方がいいと感じるのですが、その上で、内側に対してはあくまで科学的であることを求めるべきなのかな、と思いました。

物質や数値に置き換えた自然観というのは確かに支配、攻撃、搾取、死というようなネガティブな意味を持ちがちなのですが、しかし、科学的は自然観も一つの見方としては重要であって、また有用でもあります。
というわけで、素朴な自然観を武器に相対的に価値ある一つの営みである科学「自体」を攻撃するのはやや行き過ぎであるようにも感じたり。

同時に、その批判が大事な意味を持つのは、「科学的であること」をスローガンに他領域に科学が侵略してきた時かなぁと。

YUTO
2019-04-19 14:09:30ID:106202

>>7zoesan::さん
自分が通った大学は地元の国立大学の理工系の方ですが、教養の方では論理学や教育学の授業はありました!!(選択制ですが)

7zoesan
2019-04-19 12:58:46ID:106159

>>うぇんじにあ::さん
そうですね、そして人間だけじゃなく他生物や人種、自然ともコミュニケーションをとっていくことが必要で、そのための科学技術であってもらいたいです。

7zoesan
2019-04-19 12:57:27ID:106154

>>matsuno::さん
そうですね、nemlogって最新技術がコミュニケーション介して人間臭く使われていますよね。やはりそこに人や自然があるのが大切ですね。思考の場としても最近は面白いです。

7zoesan
2019-04-19 12:54:21ID:106151

>>物愚者::さん
記事読ませていただきました!きっと同じこと書いている!?はず。
ほとんどの人は気づかない笑

NEMber who posted this article

北海道で理学療法士兼スポーツトレーナーとして活動しています。
これまでの臨床経験から得た気づきや学びに関すること、
日々の読書の備忘録など、徒然なるままに健康と幸福と自身の人生観についてアウトプットしていきたいと思います。
NEMはあまり関係ないことが多く、申し訳ありません!!

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