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「...とは何か?」という問いの問題点 〜クソ記事とは?〜

nem1.70xem (2)
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2019-04-22 14:30:50
「...とは何か?」という問いの問題点 〜クソ記事とは?〜

「...とは何か?」とよくやってるくせに何を言うんだコイツと思わないでくださいね。

 

これの危険性に関する記事もいくつか書いてるんです。

 

前にしたシコシコの話などがそれですね。

 

https://nemlog.nem.social/blog/20208

 

まぁ、シコシコは同音異義語のようなものですが、後半で全く同じ言葉でも異なる意味となることも指摘しました。

 

さて、「...」について問うというのは、要はそれに関して統一的な定義を設けようとする行いですよね?

 

「...」の唯一無二の客観的な理想像を探す。

プラトンおじさんのイデア論みたいなやつ。

 

でも、おそらく無いんですよねそんなの。

 

「クソ記事」という言葉が真に一義的に定義できないのもそれが原因かと。

 

ウィトゲンシュタインさんって人もそう言ってます。

言語解析とは、言葉そのものと睨めっこするんじゃなくて、ある場面においてそれが用いられる時に持っている意味を元に行われるべきだって。

 

ところで、なぜに個々人が「言葉」をある場面においてその意味で使うようになったのかというのに関して、少なくとも今現在のそれについて、私は他人の模倣をベースとして、そこから先はスキナーさんの言うような「オペラント条件付けを通した学習による特定の言語行動の習得」による説明を推します。

 

(尤も、認知要素が入ってしまっていますが。)

 

大抵の人はこれまでの人生において、他者に対して外界にある何らかの対象を発話によって表したり、あるいは自分の要求を提示することを経験してきたはずです。

 

車をニャンコと呼ぶと「それは間違ってる」と訂正されるか、相手が毒親とかキチ教師なら罵倒されます。

 

また、腹が減った時に飯を要求するべく「どじょうすくいは楽しい」と言っても飯は貰えません。

 

「適切な言葉」を使った時にその発話に随伴して肯定的な返答、共感、あるいは物理的な報酬などが与えられ、強化されることによってある言葉と意味の対応関係が形成されるのです。

 

しかし、これもあくまでその人が経験的にその語についての表象を言語的に表現するという行動を内的に形づくる過程であって、あくまでもその語の普遍的な意味を吸収するわけではない。

 

だから、場面と人が変われば同じ言葉だろうがその意味は大いに変わり得る。

 

ちなみに、この辺に関してチョムスキーっていう言語学者は言葉によって何かを示すのは人間が持つ生得的な機能であって、経験を要さずとも自然に生成されると主張してスキナーを恫喝しましたが、さすがに生まれつきの要因を過大評価し過ぎだと思う。

 

基礎の基礎にある受け入れ体制はある程度生得的に持っていると思うけど、やはり使いこなすためには学習によるピント補正が不可欠なんじゃないんすかね?

 

それに、そんなに強く普遍性があるものなら個々人や言語間でこうも意味の軋轢が生まれるとは思えないし。

 

「マウスとラットなんかどっちもネズミでええやん、めんどくさいし。」と思うじゃないですか?我々は?

 

ところで、これもまた以前に書いたんですが、その言葉を用いて何らかの問題提起やその解決を目指す際は「その枠の中においては」という限定的な前提を置いて「統一的な定義」を設けざるを得ない場合が多いんです。

 

例えば「おねショタ」について議論をするならば始めに「おねショタ」に関する等しい意味を共有しなければならない。

 

おばショタをおねショタと明確に区別している人と、それも含めて広義のおねショタだと認識している人がそこを擦り合わせずに議論を始めると大抵話が意味不明なものになります。

 

それがきっかけで荒れたり、喧嘩とか戦争になったりもしますね。

先ほどのチョムスキーとスキナーの件も実はそう。

 

差異から新たな論点が現れることもありますが、そこに注目するにしてもまずは違いがあることを認識しなければならないのです。

 

勿論、クソ記事もそうですね。

 

文字数の問題なのか。

内容の軽薄さの問題なのか。

倫理観の欠如の問題なのか。

あるいは、パクリの問題なのか。

 

クソ記事について論じる前に、自分なりのクソ記事がクソ記事たるために必要な条件を提示するべきだと思うよ。

 

でも、やっぱり「自分が感じるクソ記事らしさ」を完全に言葉によって言い表すことも、まるっきり同じ意味を他人と共有することも不可能だからそこに関する覚悟もしておいた方がいいよ。

 

ブリュリュ...

 

Comment
物愚者
物愚者
2019-04-23 13:14:35ID:108611

>>やそ::さん

コミュ戦争

やそ
やそ
2019-04-23 07:42:12ID:108465

情報伝達には齟齬が生じるものなのです。

我々は高度な空中戦を行っているのだ!

物愚者
物愚者
2019-04-22 20:55:01ID:108138

>>オーウェン::さん

車がニャンコと呼ばれたり、あるいはこの世界においてニャンコと車という異なるものとして弁別されている対象が同一視される並行世界が存在していないと言い切れないけど、さすがにそれを信じるのは精神衛生上よろしくないやつ

オーウェン
オーウェン
2019-04-22 17:54:13ID:108007

世界線が違えば今ある「車」は「ニャンコ」と呼ばれてたかもしれませんねえ(o ̄∇ ̄o)
その世界戦ではいわゆる人間という生物が存在していたかわからないように。

この記事を書いた人
竿と玉。 潰瘍持ちの胃。 そんなに生きることに焦ってどうするんだい?