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【読んだ気になれる】太宰治「ダス・ゲ・マイネ」(大ボリュームです)

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<要約>
佐野次郎と呼ばれる「私」はある日自称音楽学校の学生である馬場と出会い交友を深めることとなる。馬場は芸術について高い理想を持っており、常に芸術とは純粋であるべきだと語る。「私」はそんな馬場と、画家の佐竹、そして小説家の「太宰治」と共に小説を書くことになった。
しかし、「太宰治」は馬場に芸術の本質がわかっていないと説き、「生きるために書くことが芸術なのではないか」と言う。それに激昂した馬場は太宰を殴り解散を告げた。その夜馬場は「私」に「君だけを愛していた」と告げるが、「私」は何もかもが嫌になり走り出した先で事故に遭ってこの世を絶ってしまった。
残された馬場と佐竹は死んだ「私」を思いながら、生きていることは懐かしいと遠くを見つめるのであった。

 

 

○考察
昨日の記事でも書いたのですが「ダス・ゲ・マイネ」は自分が研究した作品でもあるので思い入れのある作品です。なのでこの記事では私が大学で書いた論文を元に少しだけ改変しこの作品に対する考えをお伝えできればと思います。

 

・この作品のテーマ
この作品は「卑俗の勝利」をテーマの中心においています。それは太宰が友人の三浦正次に宛てた書簡からも明白です。

 

こんど「文芸春秋」に「ダス・ゲマイネ」なる小説発表いたしましたが、これは「卑俗」の勝利を書いたつもりです。「卑俗」というものは、恥辱だと思わなければ、それで立派なもので、恥辱だと思ったら最後、収拾できないくらい、きたなくなります。たのみますと言って頭をさげる、その尊さを書きました。

 

「卑俗の勝利」とは具体的にどういうことなのでしょうか。
作中では、先述したように自称音楽学校の学生である馬場、画家の佐竹、小説家の「太宰治」という、「芸術」と関わりのある者達が登場します。それらから私は、「ダス・ゲマイネ」という物語は芸術について書かれたものではないかと考えました。
太宰にとっての芸術観を念頭に置きながら、「卑俗の勝利」について深掘りしていきたいと思います。

 

・四人の登場人物の役割
「ダス・ゲマイネ」を語るにあたり、物語の中心となる「私」、馬場、佐竹、「太宰治」の存在は外せません。
太宰論ではよく作品の登場人物を作者の分身として太宰の青春時代を写していることが言われますが、「ダス・ゲ。マイネ」の先行研究でもこれは例外ではありません。しかし、太宰は交友のあった三枝康隆に次のようなことを述べています。

 

ボードレールだって、芸術家だよ。つまり、作品の主人公じゃないんだ。僕らは作家なんで、その評価は文学史家にまかせておけばいい。(略)主人公になろうとしちゃいけない。

 

この言葉を考慮すると、登場人物が太宰の分身であるとは言いにくくなります。だとすれば、この四人にはそれぞれどのような役割があったのでしょうか。
以下から一人一人の役割について言及していくことにします。

 

 

① 馬場
馬場は生家が地主か何かの金持ちであり、東京の三鷹に住みながら酒を飲み歩きます。自称音楽学校の学生ですが、空のヴァイオリンケースを持つだけで演奏する姿は見たことがありません。「ラデイゲ」や「コクトオ」といった芸術のために生きた芸術家を讃えながら、常に芸術家とはどうあるべきか語ります。

そんな馬場は「太宰治」と雑誌「海賊」の話から飛躍し芸術について論争をする際、「太宰治」にこう言いました。

 

「これあ。太宰さん。附け鬚模様の銀鍍金の楯があなたによく似あうそうですよ。いや、太宰さんは、もう平気でその楯を持って構えていなさる。僕たちだけがまるはだかだ。」

 

このことから、馬場にとっての芸術とは、「太宰治」のような生きるために芸術を利用する芸術家が生み出すものではなく、「ラデイゲ」や「コクトオ」等の、芸術の為だけに生きた芸術家たちの伝記のような、高尚で純粋なものであると考えられます。また、作中の「太宰治」も指摘していますが、馬場は「芸術家の伝記だけを知っていて、芸術家の仕事をまるっきり知っていない」のです。常に芸術について語り、時には嘘まで吐きますが、実際に行動に移ることはないのです。

つまり、この物語において馬場は自分の理想を語るだけの、「見せかけの芸術家」という役割を果たしていると言えるでしょう。

 

② 「私」
「私」は、第一章で馬場と友になった途端恋に敗れ、生きる気力を失くし死のうとしていたところを馬場によって止められました。そして第二章では馬場と共に雑誌「海賊」の創作に夢中になります。どちらの章においても、「私」は一つのことにのみ己を尽くす様が描かれています。
また、第三章で馬場は「私」に次のようなことを言います。

 

「君を好きだから、君を離したくなかったから、海賊なんぞ持ちだしたまでのことだ。君が海賊の空想に胸をふくらめて、様々のプランを言いだすときの潤んだ眼だけが、僕の生き甲斐だった。この眼を見るために僕はきょうまで生きて来たのだと思った。
(略)君は透明だ、純粋だ。おまけに、――美少年だ! 僕は君の瞳のなかにフレキシビリティの極致を見たような気がする。そうだ。知性の井戸の底を覗いたのは、僕でもない太宰でもない佐竹でもない、君だ!」

 

馬場は「私〉を「透明」「純粋」「フレキシビリティの極地」と表現しました。馬場にとっての芸術が先述した通りであれば、「私」は見せかけの芸術家が求めた、純粋で美しい芸術そのものなのです。

 

③ 佐竹
美術学校に通う佐竹は、金のために絵を描く芸術家です。

 

「僕はビアズレイでなくても一向かまわんですよ。懸命に画をかいて、高い価で売って、遊ぶ。それで結構なんです。」

 

このように言う佐竹は、口で芸術を語るだけで何もしない馬場を徹底的に否定します。また、「私」に対しても、

 

「海賊。なにが海賊だ。好い気なもんだ。あなた、あんまり馬場を信じ過ぎると、あ
とでたいへんなことになりますよ。それは僕がはっきり予言して置いていい。僕の予
言は当たりますよ。」
「でも。」
「でも?」
「僕は馬場さんを信じています。」
「はあ、そうですか。」

 

と、「私」の「精一ぱいの言葉」をあっさり聞き流します。それだけでなく、馬場の提案する雑誌企画に水をさしてやろうと「私」を誘う始末です。

 

このような佐竹の姿は、馬場の言う芸術、又は芸術家の姿とは程遠い姿です。芸術を金のために用いる佐竹は、馬場や、その馬場を信じる「私」にとって、卑俗そのものだと言えるでしょう。

 

④ 「太宰治」
同名の人物を登場させることは、太宰にとって相当な意味を持つと考えられます。
この「太宰治」は若い新進作家であり、馬場、「私」、佐竹の雑誌作りに協力するために「私」の家に訪ねます。
「私」は「太宰治」を次のように表現していました。

 

ひとめ見て、私はあわてふためいて眼をそらした。これはいけないと思った。彼の風貌は、馬場の形容を基にして私が描いて置いた好悪ふたつの影像のうち、わるいほうの影像と一分一厘の間隙もなくぴったり重なり合った。

 

また、馬場も「太宰治」について次のように表現しています。

 

「君、太宰ってのは、おそろしくいやな奴だぞ。そうだ。まさしく、いや、な奴だ。嫌悪の情だ。(略)小説家ってのは、皆あんな工合いのものかねえ。思索や学究や情熱なぞをどこに置き忘れて来たのか。まるっきりの、根っからの戯作者だ。(略)あいつの素顏は、眼も口も眉毛もないのっぺらぼうさ。」

 

彼らにとって「太宰治」という人物は相容れない、嫌悪を抱くほどの、(馬場の言う)「芸術」とはかけ離れた存在として描かれています。

そんな彼らに「太宰治」は生きていくために小説を書くと言います。さらに彼は次のようなことを述べていました。

 

「君はまるはだかの野苺と着飾った市場の苺とどちらに誇りを感じます。登龍門というものは、ひとを市場へ一直線に送りこむ外面如菩薩の地獄の門だ。けれども僕は着飾った苺の悲しみを知っている。そうしてこのごろ、それを尊く思いはじめた。僕は逃げない。連れて行くところまでは行ってみる。」

 

「太宰治」は佐竹同様生きるため、金を得るために小説を書いています。その点で彼は卑俗と言って良いでしょう。しかし、佐竹と決定的に違うのは、「太宰治」はむしろその卑俗こそが尊いと言っているところなのです。

 

「たのみます、といって頭をさげる、それが芸術家の作品のような気さえしているのだ。」

 

「芸術家の作品」をこのように述べる「太宰治」こそが、「卑俗の尊さ」を語る役割を果たしているのです。


・太宰治にとっての芸術
太宰は自著「十五年間」で、ベックリンという画家の「芸術家」という作品について次のように述べています。

 

それは大海の孤島に緑の葉の繁ったふとい樹木が一本生えていて、その樹の蔭にからだをかくして小さい笛を吹いているまことにどうも汚ならしいへんな生き物がいる。

かれは自分の汚いからだをかくして笛を吹いている。孤島の波打際に、美しい人魚があつまり、うっとりとその笛の音に耳を傾けている。もし彼女が、ひとめその笛の音の主の姿を見たならば、きゃっと叫んで悶絶するに違いない。芸術家はそれゆえ、自
分のからだをひた隠しに隠して、ただその笛の音だけを吹き送る。
ここに芸術家の悲惨な孤独の宿命もあるのだし、芸術の身を切られるような真の美しさ、気高さ、えい何と言ったらいいのか、つまり芸術さ、そいつが在るのだ。

 

このように、太宰は芸術家というものは醜く、悲壮で、孤独な宿命を背負っており、そこに芸術の美しさや気高さがあると述べています。
さらに同著には次のようなことも述べられていました。

 

私はサロンの偽善と戦って来たと、せめてそれだけは言わせてくれ。そうして私は、いつまでも薄汚いのんだくれだ。(略)サロンは諸外国に於いて文芸の発祥地だったではないか、などと言って私に食ってかかる半可通も出て来るかも知れないが、そのような半可通が、私のいうサロンなのだ。

私は上品な芸術家に疑惑を抱き、「うつくしい」芸術家を否定した。

 

これらから太宰の芸術観は、借り物の知識で着飾った芸術家の生み出す「うつくしい芸術」ではなく、汚く醜い者が身を切って生み出したものこそが芸術であると言えるのではないでしょうか。

 

このような太宰の考えは芥川賞に関する記述からも考察できます。昭和十年八月十三日附小館善四郎宛はがきに、

 

芥川賞はづれたのは残念であつた。「全然無名」といふ方針らしい。「文藝春秋」から十月号の註文来た。「文藝」からも十月号に採用する由手紙来た。

 

とあり、また、同年八月三十一日附今官一宛の手紙に、

 

来月、十月号には、『文藝春秋』『文藝』『文藝通信』と三つに書いた。(略)『文藝春秋』のは、新しく書いたものだ。四十枚といつて来たのに六十枚送つてやつた。

 

とありました。

 

「ダス・ゲマイネ」はこのうち『文藝春秋』で発表されているわけですが、『文藝通信』では「芥川賞後日異聞二篇」のうちの一篇として「川端康成へ」が発表されています。

 

「道化の華」について「作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾みあった。

 

という川端康成の言葉にひどく傷ついた太宰が「川端康成へ」で

 

小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。

 

と述べていますが、芥川賞受賞を逃したことから出た言葉とは言え、太宰が「サロン」のような「うつくしい」芸術に嫌悪を抱いていたことは明らかでしょう。

そして「ダス・ゲマイネ」を急いで仕上げ、「川端康成へ」と同時期に寄稿したことを考慮すれば、本作品が芸術について語られたものであるということを改めてここで主張することができるのではないでしょうか。


・卑俗の勝利
先述した通り、太宰は「ダス・ゲマイネ」を「卑俗の勝利」をテーマにしたものだと述べています。この物語においてどこにそれが見られるのか。それは当然、「卑俗の尊さ」を語る役割を果たす「太宰治」が登場する第三章です。

 

第一章、第二章は「私」の純粋さ、馬場の出鱈目さ、佐竹の卑俗さを表していました。そして第二章の最後で「太宰治」という名前が登場し、全ての役者が揃ったところで、第三章に突入します。

 

「登竜門」と題された第三章は、雑誌「海賊」のために四人が集まり話を進める予定であったが、馬場と「太宰治」が言い争いを始めてしまうという内容です。

 

「太宰治」は馬場に本気で雑誌を作る気があるのかと尋ねました。「私」が来るまでにも馬場と言い争いをしていたからなのか、佐竹から聞いたからなのか、馬場は見せかけでしか芸術を語らない人間であると「太宰治」は理解していたのかもしれません。「太宰治」のその問いかけに対して馬場はむきになって言い返します。

 

「言って置くけれども、御託宣と、警句と、冗談と、それから、そのにやにや笑いだけはよしにしましょう」
「それじゃ、君に聞くが、君はなんだって僕を呼んだのだ」
「おめえはいつでも呼べば必ず来るのかね?」
「まあ、そうだ。そうしなければいけないと自分に言い聞かせてあるのです」
「人間のなりわいの義務。それが第一。そうですね?」
「ご勝手に」

 

生活のために呼ばれればどこにでも行き、書けと言われたら書くという「太宰治」の芸術家としての心構えは、馬場にとって自身の理想とする純粋に芸術を追い求める芸術家とは大きくかけ離れたものでした。しかし、「太宰治」はさらに言葉を重ねます。

 

「言いすぎかも知れないけれど、君の言葉はひどくしどろもどろの感じです。どうかしたのですか?──なんだか、君たちは芸術家の伝記だけを知っていて、芸術家の仕事をまるっきり知っていないような気がします」
「それは非難ですか? それともあなたの研究発表ですか? 答案だろうか。僕に採点しろというのですか?」
「──中傷さ」
「それじゃ言うが、そのしどろもどろは僕の特質だ。たぐい稀な特質だ」
「しどろもどろの看板」

 

「芸術家の伝記」だけで芸術を語る馬場に、「太宰治」は容赦なく「それは誰かからの借り物でしかない」という現実を突きつけます。
そして、「太宰治」の小説を読んだことはないが、彼の小説を「芸術家の気品を感ぜずに、人間の畏怖を感ずる」と言う馬場に、「太宰治」はとうとう物語の核心をつく台詞を放ちました。

 

「わかっています。けれども、僕は生きて行かなくちゃいけないのです。たのみます、といって頭をさげる、それが芸術家の作品のような気さえしているのだ。僕はいま世渡りということについて考えている。僕は趣味で小説を書いているのではない。結構な身分でいて、道楽で書くくらいなら、僕ははじめから何も書きはせん。」

 

先述した三浦正次宛書簡にも、

 

たのみますと言って頭をさげる、その尊さを書きました。

 

と述べられていました。


馬場や、「サロン芸術」を語る者たちからすれば、頭を下げて生きるために作品を売るその姿は、芸術とは程遠い「卑俗」そのものと言えるでしょう。しかし、太宰も、「太宰治」も、その姿こそが芸術であり、尊いのだと言います。

 

そして、馬場と「太宰治」のこの論争は、次のように締めくくられます。

 

「へんなことを言うようですけれども、君はまるはだかの野苺と着飾った市場の苺とどちらに誇りを感じます。登竜門というものは、ひとを市場へ一直線に送りこむ外面如菩薩の地獄の門だ。けれども僕は着飾った苺の悲しみを知っている。そうしてこのごろ、それを尊く思いはじめた。僕は逃げない。連れて行くところまでは行ってみる」口を曲げて苦しそうに笑った。「そのうちに君、眼がさめて見ると、──」
「おっとそれあ言うな」馬場は右手を鼻の先で力なく振って、太宰の言葉をさえぎった。「眼がさめたら、僕たちは生きて居れない。(略)僕はひとの食いものになりたくないのだ。太宰に食わせる油揚げはよそを捜して見つけたらいい。太宰さん。海賊クラブは一日きりで解散だ。そのかわり、──」立ちあがって、つかつか太宰のほうへ歩み寄り、「ばけもの!」
太宰は右の頬を殴られた。平手で音高く殴られた。太宰は瞬間まったくの小児のような泣きべそを掻いたが、すぐ、どす黒い唇を引きしめて、傲然と頭をもたげた。私はふっと、太宰の顔を好きに思った。

 

「卑俗の尊さ」を語り、馬場に芸術家の現実を突きつけた「太宰治」は、それを受け入れることができない馬場に殴られ罵られます。しかし彼は、泣きそうになりながらも、しっかりと頭を持ち上げました。そして、馬場の理想の芸術であった「私」は、嫌悪を抱いていたはずの「太宰治」の顔を好きだと思ったのです。

 

「見せかけの芸術家」と「生きるために芸術を用いる芸術家」がぶつかった第三章は「私」が馬場に「透明」「純粋」「フレキシビリティの極致」と言われ、それを拒否して走り出し、自己喪失に目をくらまして電車にはねられ命が絶たれる、という形で幕を閉じます。

 

つまり、第三章は「太宰治」が「卑俗の尊さ」を語り、「純粋でうつくしい芸術」がそれを認め死ぬことで、「卑俗の勝利」を示していると言えるでしょう。

 

・まとめ
以上のことから、この「ダス・ゲ・マイネ」という作品は「芸術とは何か」を言及した作品であり、「生きるために芸術を用いる芸術家」が「うつくしい芸術」を倒すことで「卑俗こそが真の芸術である」という太宰の主張が「卑俗の勝利」にこめられた意味であると言えるのではないでしょうか。

 

 

○(改めて)まとめ
かなりのボリュームになってしまいましたが一応これでもかなりまとめました。元の論文では先行研究の批判などもしているのですがそこは省いて私の考えだけ述べています。
文学の考察はし出したらキリがありませんね。あと書き直してて思ったのがですます口調の方がやっぱり読みやすいなということです。

この作品に限らず、世に出ているどの作品も考察をするとより一層深く作品を楽しめるのでこれからも続けていけたらと思います。

 

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ネムログ気になったのでライブドアブログからいくつか移行します。

趣味は読書(特に太宰治)、アニメ鑑賞(特に幾原作品)、京都観光。
京都には足繁く通っているので色んな情報を提供できたらと思います。

また、教育実習、学校教員(少しですが)を経験して思ったことも少し書けたら良いと思います。

現在はwebデザインを勉強中。
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