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「ノモレ 最後のイゾラド」読書感想

nem19.65xem (3) 83 2 0

現在、地球の上空には約3500個のもの人工衛星が打ち上げられているといいます。

もはや地球上に隠れることができる場所はなく、Google Earthを使えば誰でもどこでも手のひらで地球を観察することができます。(ちなみに私の家は外観や停まっている車の色までバッチリ見えます)

そんな中、今だに文明に触れずに暮らす先住民がいる、彼らは総称として「イゾラド」と呼ばれます。

イゾラドが生きる森はブラジル国内に58箇所あり、すべてアマゾンの深い森の中で推定人口は300人から5000人と言われています。

お隣、ペルーではほとんど正確な調査は行われておらず、度々目撃情報はあるものの、その存在は都市伝説のようなものだとされていました。

しかし、ある事件をきっかけにペルーでのイゾラド調査がはじまります。

本書「ノモレ」はNHKスペシャル「大アマゾン 最後の秘境」第4集「最後のイゾラド 森の果て 未知の人々」の取材記録であり、ノンフィクションルポタージュです。

 

伝承

 

100年以上前、アマゾンの森には「黒い黄金=ゴム」を求めて多くの入植者が訪れた。

彼らはゴムの木がありそうな川辺に小屋を建て、一帯を「農園」だとした。

彼らは足りない人手を先住民で補おうとした、初めこそ物々交換だったが、やがては銃でおどし、妻や子供を人質にとって無理やり労働させられた。

そこには様々な場所から連れてこられた先住民がいたが多くはイネ族という、森と川に生きる先住民族であった。

農園では重労働と持ち込まれた伝染病により、多くの先住民が死んでいった。

誰かが死ねば誰かが変わりに連れてこられるだけ、そして、働かされるだけ働かされて、死んでいくのだ。

1902年、ついに5人の先住民族の男が決断した。

パトロン(雇い主)を木の棒でめった打ちにして殺害し、奴隷小屋から仲間を救い出し、共に森へ逃げた。

すぐにパトロンの用心棒が銃を持って後を追ってきた。

生きるためには逃げるしかなかった。

歩き続けること500km、ついに逃げ切った。

しかし、逃げ切ることができたのは二手に別れた一方であった。

途中追手が近くに迫って来た際に全滅だけは避けようと二手に分かれていたのだった。

逃げ切った先住民族は伝えた。

「森で別れた仲間(ノモレ)に会いたい」

「息子たちよ友(ノモレ)を探してくれ」

森のずっと奥の小さな先住民の村。人知れぬ密林の中で、別れの記憶と再会の願いが静かに語り継がれていった。

 

主人公ロメウと招集

 

先住民族イネ族は100年前に修道会によって「文明化」された。衣服や薬が与えられ、聖書が渡され、その中身を理解するためにスペイン語が教えられた。

本書の主人公ロメウはそんな一気に文明化されていった集落で育ち、教育を受けた。NGOによって街の学校に送り出されたロメウはそこでスペイン語を学び、先住民のおかれている現状や歴史を学び、白人との付き合い方を知っていった。

36歳になったロメウは集落の村長として「先住民」の権利拡大と集落の振興に尽力する若きリーダーとなっていた。

そんなロメウに政府から招集の知らせが届く。

ペルーで・アマゾンの奥地では2010年から謎の人々による襲撃事件が度々起こっていた。

2013年には目撃頻度が増え、犠牲者も出てしまっていた。2015年までに目撃情報は20件を超え、犠牲者は2名となった。犠牲者は矢で胸を射抜かれていた。

「イゾラドが現れた、対処して欲しい」

なぜロメウだったのだろうか?

イゾラドと信頼関係を築くのは並大抵のことではない、気の遠くなるような時間がかかる。

対応する者には粘りと情熱が不可欠なのだ。

そして、イゾラドとの接触には言語の近い部族から双方の文化を理解できる優秀な人材が必要である。

そこで白羽の矢がたったのがイゾラドの居住地に近く、言語が近い可能性のあるイネ族であり、そこの若きリーダーであるロメウであった。

 

言葉とは不思議なものだ

父親や祖父の代には、森で知らない部族と鉢合わせになることが何回かあったという。

見たことのない部族の、見たことのない人たちだ。

そんなときイネの部族はいつも同じ行動をとった。

イネの言葉で「仲間なのか」と見知らぬ相手に問うのだ。

反応があれば味方。反応がなければ敵。

言葉が通じれば弓矢を下ろし、通じなければ弓矢を相手に向け続けるのだ。

 

ロメウは施設に向かう道中に遠い祖先のことを想っていた。

イゾラドは昔祖先が生き別れた「ノモレ」なのだろうか。

 

ノモレ捜索と事件

 

1994年、ロメウが15歳の頃、イネ族の7家族、40人は逃げ延びた元の村から出て曾祖父の希望であった「ノモレ」を探す旅に出た。その旅では結局「ノモレ」を探すことができなかったが、長い旅の果てに、豊かな土地にたどり着くことができた。ここに村を作り、そこを拠点に「ノモレ」を探すことにしたのだ。

1995年、森で3人の裸の男と出くわした。三人共弓を構えていたが、一人が「ノモレ、ノモレ」と叫ぶと、男たちは弓を下ろし、森の中へ消えていった。イネの言葉が通じる・・・彼らはイネの人間に違いない、誰もがそう信じた。伝承の中で語られてきたノモレたちが森に生きていたことに、胸が熱く踊った。

しかし、それから「ノモレ」が姿を現すことはなかった。

そして、移住から19年・・・ついに「ノモレ」が姿を現すことことになる。

それはうれしくも、苦い経験となることはこのときは誰もわからなかった。

ノモレが姿を現したとき、村の集落では友好の証としてバナナをわたした。

ノモレは警戒を解くことはなかったが、そのバナナを受け取った。

最初は15人だったが3日目には115人まで人数は増えた。これほど大規模な接触はペルーでは初めてのことだった。

乾季が終わると「ノモレ」は姿を見せなくなった。雨季になり川が増水すると泳ぐことのできない彼らは川を渡ることはできない。その後の調べによって彼らは乾季なれば獲物を求めて流離う、そのように暮らしていることがわかった。

そして年が明け、乾季が始まった時、彼らは再び現れた。

5月から11月までの乾季の間、彼らは20回以上集落に現れ、バナナを受け取った。

彼らと最も近づいて話したのはロメウだった。

彼らの母集団が暮らす集落にはバナナが生えているという。

バナナは元々はアマゾンのジャングルには存在しない果実である。

ではなぜ文明社会と接触したことのないイゾラドの集落にバナナがあるのか。

ロメウの期待は確信に変わった。

きっとあのゴム農園から逃げる際にバナナの種を持ち出したのだ。曾祖父たちと生き別れになったあとでその種を植えたのだ、やはり彼らはあの「ノモレ」だ「ノモレ」の子孫に違いない。

だとしたら一刻も早く伝えたい、私達は百年前にあなたちの祖先と生き別れた者たちの祖先だと。

しかし、事は進まない。彼らといくら接触を重ねても、込み入った会話は成り立たず、一問一答しか成立しなかった。

時間が解決する、ロメウはそう思ったが、そのうち・・渡すバナナが尽きた。

彼らは明らかに苛立つようになった。

「バナナはどこだ、バナナをよこせ」

渡すバナナが尽き、待ってくれと言っても聞いてくれない、そして彼らとの関係はギスギスしたものになっていった。

やがて乾季が終わって、彼らが姿を見せなくなった12月に事件は起こる。

村の住人が選挙で4人を残して選挙で県都に移動したときのことだった。

急に村に森に帰ったと思われていた彼らが現れた。男たちは弓を構えていた。残っていた4人はなんとか逃げ延びたが、村は家という家は破壊され、家財は荒らされ、家畜はすべて殺されていた。

誰も破壊の理由はわからなかった。

未知のものへの恐怖なのか、

 

彼らは「文明」を知らず、隔絶されたままの森で生きてきたのだ。

生き方、価値観、道徳観、倫理観、全てが自分たちの生きる社会とは違っているのかもしれない。

いや、違うと考える方が自然なはずだ

 

その後、イゾラドの大集団がこの集落に姿を現すことは二度となかった。

ロメウが政府の拠点に呼ばれる4ヶ月前の出来事だった。

 

イゾラドとの接触

 

2015年7月、ロメウがアマゾンの奥地で政府の拠点である施設に勤務するようになってから数日が過ぎた頃、ついにロメウの目の前、川を隔てた先の森にイゾラドが現れる。

どうやらこちらに向かって何か叫んでいる、その言葉はわかった。

「森に怪我人がいる、助けて欲しい」

イゾラドとの接触は政府から禁止されていたが、ロメウは医師を連れて川を渡った。

彼らは驚くほど4ヶ月前にあった彼らとそっくりだった。

怪我人の治療から彼らとの川を隔てた交流が始まった。

彼らは1つの家族であった。

その後の家族とロメウの交流については本書を読んでいただきたい。

結論を言ってしまえば、イゾラドとのコミュニケーションは困難を極める。

最初にいったように途方もない時間が必要でなのである。

文明化した先住民族と文明化しない先住民族。

彼らを繋ぐものは何か、隔てているものは何なのか、すべての結論は出ない。

それがノンフィクションの世界だと思う。

 

最後に

 

石油で動く道具の発明はアマゾンを大きく変えた。

中でも最も影響力があったのはエンジンで動く船、ボートである。これによりアマゾンの奥地にも入り込むことができようななったのだ。

アマゾンは鉱物資源や天然資源の宝庫である、男たちは森へ分けはいり、チェンソーを持って森を切り倒した。

チェンソーの音は森の動物と人を恐れさせ、森の動物は姿を消した。先住民族はそれにより飢えた。

先住民族が道路や重機、自動車を初めて見る頃には森の跡地にはビルが建ち、飛行場ができ、街となった。先住民族が工事労働者に物乞いをするようになるまでさほど時間はかからなかった。

飢え、伝染病により二十世紀の百年間で絶滅したイゾラド部族はブラジル国内だけで五十八を数える。イゾラドだけではない、ブラジル先住民族の人口はわずか数百万人から二十万人までに減っている。

生き残ったものたちも不幸だった。森を失い、自給自足を止めた者たちの待っていた生活は最底辺の暮らしだった。

ドラッグ、物乞い、アルコール中毒、売春、自殺・・・北米のネイティブアメリカン、極北のイヌイットが通った道を南米の先住民も歩むことになったのだ。

南米大陸に西欧人がやって来て五百年、瞬く間に南米を飲み込んだ文明社会の人口はおよそ四億人、一方のイゾラドは数百人から千人しか存在しない。

ペルー政府はイゾラドに関する新たな行動規範(プロトコル)を示した。

・森で遭遇してしまった場合は速やかに退避する

・病気感染を防ぐために衣服などは絶対に渡してはならない

・医薬品を渡していいのは、政府の許可を受けた専門家に限られる

これはイゾラドを病原菌から守るための指針である。

さらにイゾラドとの接触深度を定め、分類した。

第一段階 偶発的接触状態

第二段階 断続的接触状態かつイゾラドの自発的出現

第三段階 周辺地域や集落との社会的関係の構築

それぞれの段階により「文明側」の接し方が異なるというものである。

第一段階では接触は不可侵、つまり、してはいけない。

しかしこれはあくまで「文明側」の都合であり、イゾラドが「文明化」を望むとは限らない。

しかしながら、観光産業、アマゾン開発など文明側の歩みは止まることはなく、イゾラドが暮らす森には合法的に入ることができる。

イゾラドが生きるマヌ国立公園には十軒以上の観光ロッジがあり、年間二万人を超える外国人観光客が訪れているのだ。

そしてその数は年間50%近い割合で増え続けている。

イゾラドはそんな森に生きているのだ。

まったく文明に触れずに生きている人々の暮らしを私は想像することはできない。

そして歴史は文明化されていった先住民の過酷な運命を物語っている。

彼らが生きる森を簡単に覗くことができる世界がすぐそこまできている。

だからこそ私達は考えなければならない。

かつてはいま私達が住んでいたところにも先住民がいたことを、そして、その歴史を学ぶことを。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

紹介図書

国分 拓 著「ノモレ」

 

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Comments from NEMber
7zoesan
2019-05-23 08:05:25ID:119472

>>やそ::さん
私もNHKスペシャルを見逃してしまい再放送を待っています。ぜひ読んでみてください!

やそ
2019-05-23 06:15:43ID:119458

この話は詳しく読んでみたいですね。
とても興味のある話です。nhkのスペシャルも見ようと思ってましたが結局見逃してたやつです。

NEMber who posted this article

北海道で理学療法士兼スポーツトレーナーとして活動しています。
これまでの臨床経験から得た気づきや学びに関すること、
日々の読書の備忘録など、徒然なるままに健康と幸福と自身の人生観についてアウトプットしていきたいと思います。
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