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「感覚の共有」の話

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7zoesan
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2019-06-15 22:02:41
「感覚の共有」の話

妻との何気ない会話から生まれた取り留めない思考の話。

我が家の「もの」を買う基準は「感覚」と「デザイン」です。デザインといっても見ためだけでななく、そのモノとしての用途を全うしており、使いやすいデザインであるということです。

手触りや質感、使いやすさを実際に見て、触ってからじゃないと買えないため、一つ買うのにも時間と手間がかかります。

しかし、「もの」との出会いや縁なども大切にしていますので、瞬間的なフィーリングで買ったりすることもあります。

おそらく妻は「もの」には魂があり、生きていると考えている節があり、(ものや植物を扱うときに「この子は〜」といった表現の仕方をする)大切にしたいからこそ、慎重に選ぶし、縁や出会い方などの要素も大切にしているのだと思います。

妻の「好きなもの」には一貫性があるように思いますが、本人はこの「好き」や「美しい」といったことを言語化して伝えるようなことはしません。

 

「なんかこれ好きなんだよね」

 

この言語化できない感覚が伝わるかどうか、そこにその人との「共有」があるかどうかはパートナーとしてとても大切な要素のような気がします。

 

その「感覚」を伝える方法はたくさんあると思います。多くの教養や知識もこうした感覚や事象を言語化して多くの人に伝えることにあるともいえます。それでも言語化してしまうと、ないかしっくりこない、ニュアンスが伝わらないといったことは多くの人に経験があると思います。

(言語化しようとすると難しくなって余計にわかりずらくなることも多々ありますよね)

いま目の前にある景色に感動して、写真にとってその思いをブログで言語化して投稿しても、きっとその感動の半分も伝えられないのではないでしょうか。

それぐらい「伝える」という行為は難しいものだと思います。

 

「言葉で言ってもらわなければ伝わらない」

「ちゃんと好きと伝えよう」

 

よく男女間、夫婦間のコミュニケーションの問題で出される処方箋ですが、思いや感覚を言葉で伝えるのは思ったよりも難しいと感じています。

私達の話でいえば、「あれ取って欲しい」「あれどこやった?」「そういえばあいつどうなった?」こんな会話が成立して次の行動がスムーズに行くときはコミュケーションがうまくいっているときです。

つまり感覚の共有ができる程度に普段から会話なり、接触をしている時間を多くとれているときです。

こういった会話が成り立たなくなってきたときは、感覚を共有している時間が短くなっていることを意味しています。

お互いにそのことをわかっているから、うまくいかなくなったときには一人の時間を減らし、一緒にTVや映画をみたり、好きなお酒と美味しいおつまみを買ってきてただただ会話や音楽を楽しんだり、触れたり、味わったり、聞いたり、観たり、嗅いだり、そうした感覚を共有する時間を持つことで、お互いの感覚のずれを修正していきます。

 

これは仕事上での人間関係や友人との関係でも大切にしています。

 

初対面の人でもこの「感覚の共有」ができる人がフィーリングの良い人であり、瞬間的に恋に落ちたり、友人になったりするケースもあるでしょう、最初からフィーリングが合わなくても同じ感覚を共有する時間を多く持つことで、すり合わせていくこともできると思います。だからこそ職場の遊びの場だったり部活動や懇親会に顔出すことも必要ですし、うまくいっていれば、必要のないものだとも思います。

逆にそういったノミニケーションなどが必要のない職場は普段から感覚の共有ができている良い職場といえるかもしれません。

 

人は言葉を持つことによって多くの人に「伝える」ことができるようなり、それが人類の繁栄と進化に大きな役割を果たしたことは否めません。

しかし、伝える⇔伝わるが「言葉」>「感覚」になっていくことによって生じる微妙な感覚のズレが「差別」や「いじめ」、「炎上」など現代の社会問題の根底にあるような気がします。

この感覚のズレを「多様性」という言葉で片付けてはいけないような気がしています。

 

本を読めば読むほど、教養が増えれば増えるほど、感覚や事象を言語化して理解したような気になるものですが、周りとの感覚のズレも感じるようになるのも事実です。

ときには本を置いて、自分の五感をフル活用するような経験や体験をすることで感覚をリセットし、そしてその感覚を共有できる人がいるという幸せを「感じる」ことが大切なのではないでしょうか。

 

「なんかわかんないけど好き」

 

その感覚も大切に。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

Comment
7zoesan
7zoesan
2019-06-17 17:39:08ID:126424

>>Yonnsann::さん
そうですね、多様性を一様に「認めろ」というのは違うと思います。やはりそこには公共の道徳があって、感覚的に何か違うことを受け入れるのは無理が生じると思います。

7zoesan
7zoesan
2019-06-17 17:33:59ID:126423

>>ゆきんちょ::さん
ありがとうございます!とりとめのない思考をまとめてみたのですが色々な意見をもらえて嬉しいです。
阿吽の呼吸と言われるように仕事でも家でも振る舞えたらストレスは減りますね。やはり娘と違って妻は他人、ときおり呼吸や感覚を合わせる努力はお互いに必要だと思います。

hukushima
hukushima
2019-06-17 16:52:54ID:126414

「多様性」って「互いの価値観を認め合って皆んなが協力しあうこと」という意味に捉えられがちですが、本来は「互いの価値観を認めて合えば良いし合わなければ離れる」ということだと思います。今の「多様性」は価値観の押し付け合いのような気さえしてしんどいです。

ゆきんちょ
ゆきんちょ
2019-06-16 22:10:26ID:126254

夫婦間でいちいち言わないと伝わらないというのにはイラッとしますね。伴侶との関係が冷え込んでいる証拠かな。娘との会話ではツー、カーの関係なのに。

7zoesanのお話は本当に考えさせられることが多いです。

7zoesan
7zoesan
2019-06-16 18:03:33ID:126187

>>オーウェン::さん
コメントありがとうございます。
価値観は人それぞれ、多様性は大切。それもわかるのですがそれでいじめや差別がなくならない現状をみるとそこで終わってしまうのは違う気がします。何か共通の問題や難題に取り組んだときに敵対していた部族が協力するようになったとの話もあり、その辺に答えがあるのかもしれませんね。

オーウェン
オーウェン
2019-06-16 02:55:16ID:126053

「あれ」を多様しているのによく伝わる相手って、話しててすごい心地いいって言うのはすごくわかります。

感覚がズレている相手のことを、価値観は人それぞれだとか多様性は必要だから、という言葉で片付けるのはあたかも肯定しているようでただ思考停止して切り捨てているだけというのも確かにそうだなとも思う。

この記事を書いた人
北海道で理学療法士兼スポーツトレーナーとして活動しています。 これまでの臨床経験から得た気づきや学びに関すること、 日々の読書の備忘録など、徒然なるままに健康と幸福と自身の人生観についてアウトプットしていきたいと思います。 NEMはあまり関係ないことが多く、申し訳ありません!! ツイッターもはじめましたので、よかったらフォローお願いいたします。