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「統計学的差別」の話

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「偏見」とは実際には差がないのに特定集団を差別することをいいます。

アメリカ社会ではスピード違反やマリファナの吸引などで、黒人の検挙率が多いとされ、背景には人種差別による偏見があると考えられます。

日本においても学歴による差別や女性職員に対する社内教育の是非、中間管理職の女性比率が低いなどは一般的に見られ、女性に対する偏見はアメリカより深刻であるとの指摘もあります。

Fobesによる不平等を感じる女性の割合についての調査(https://forbesjapan.com/articles/detail/15506)では世界24カ国中日本はスペインに次ぐワースト2位でした。

このような無意識的偏見に対して、「統計学的差別」という実際の統計学の有意差を持って特定集団を差別しているケースもあります。例えば男女の離職率は実際に女性で有意に高く、この場合は女性に社内教育をしないというのは偏見ではなく統計学的差別となります。

また、シグナリングとは市場において、情報の非対称性を伴った場合に、私的情報を保有している者が、情報を持たない側に情報を開示するような行動をとるというミクロ経済学における概念のこといいますが、シグナリングでは高学歴と低学歴が区別され、しかも実際に能力差があることから、統計学的差別に似たものといわれています。

しかし、シグナリングではコストをかけることによりシグナル(属性)は自分で選ぶことができますが、統計学的差別の場合は人種、年齢、性別、文化的差別など、生まれながらの属性について差別されるのであって、容易には自分で選ぶことができません。

そのため統計学的差別は本当に有能なのに生まれながらの属性によって、なかなか世間に認められないといった問題がつきまといます。

さらに、差別される集団に属すると、社会では評価されないため、教育や能力開発にコストをかけても、結局は無駄になってしまいます。そうして事前に高い能力を身につけるインセンティブを失うために、結果的に差別される集団が統計学的に劣っているといった結果となってしまいます。このように属性によって「自己実現的」な差も生まれてしまうといった悪循環が生じてしまうことで、さらに大きな差別を生み出すことになってしまうのです。

これは日本社会に顕著に見られる特徴であり、女性の会社役員、国会議員は他国に比べても非常に少なく、日本における女性差別の本質の一端がこうした「統計学的差別」にあると考えられます。

こうした問題の難しいところは、思っているよりも文化的に根深く、頭ではわかっていてもなかなか行動を変えることができないことがあります。

私の病院では昨年から看護師は白衣を脱ぎ、上下紺色でズボンのユニフォームを着用しています。また学会補助や研修などの教育にも力を入れ始めています。

病院では看護師の離職率が高く、人材の確保が難しい状況にありますので、女性職員の声を聞いて文化を変えていくのは当然の流れですが、ここまでの道のりも根深い差別の影響もあり、簡単ではありませんでした。また、それもやりすぎると権利意識ばかりが高い人材が集まってしまい、結局はコストをかけても離職率が変わらないといった状況になることもあります。傍から見ていてもその舵取りはなかなか難しいと感じています。

#Metoo #Kutooなど最近ではこうした差別や偏見に対する運動が盛んに行われて、多くの人が議論に参加することは非常にいいと思います。属性や情報に惑わされずに純粋な能力を見る目、相手の想いを聴く耳、そして社会の矛盾や問題について真剣に考える頭、問題に対する自らの意見や考えを述べる口、そして改善に向けて動き出せる身体。

一人でそのすべてを持つのは大変ですので、多くの人を巻き込みながら、社会を変えていく力をつけていくのがいいのではないかと思います。

おそらくほとんどの人がこうした差別が日常にあたりまえにありすぎるためにそれが差別や偏見だと気づいていないこと、多すぎるゆえにどこまで手をつけるべきなのかわからずに議論から目を背けていることが根底にあります。

 

こうした偏見や差別が知らず知らずのうちに私達の行動に影響を及ぼしているということを知る、まずはそれが最初の一歩になるのではないでしょうか。

 

我々は高みに憧れるが、歩き出すことには無関心だ。
山々を望みながら、平らな道を歩きたがる。

ゲーテ

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

 

参考図書

松島 斉 「ゲーム理論はアート〜社会のしくみを思いつくための繊細な哲学〜」

 

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Comments from NEMber
7zoesan
2019-06-19 08:14:31ID:126782

>>ちょこたろ先生(農民垢)::さん
コメントありがとうございます。ご紹介の記事を興味深く読ませていただきました。
インセンティブ必要ですね、病院の白衣もパワハラやセクハラの温床になることが元となりなくなりました。この前自分の子のランドセルを持ってその重さに愕然としました。骨格の出来上がってない子供の身体に果たしてこのようなランドセルが必要なのか、本当に教科書は毎日持ち帰らなければいけないのか、誰得なのか考えなくてはいけませんね。

7zoesan
2019-06-19 07:42:46ID:126780

>>オーウェン::さん
わたしもそのように思います。いうなれば属性によらずに個が適切に評価され、適切に力を発揮できるような環境になればよいですがそもそも個の能力を何で評価するのか?
なかなかな理想と現実のギャップは埋まっていきません。

ちょこたろ先生(農民垢)
2019-06-19 05:33:29ID:126768

興味深く読ませていただきました。
差別解消のためにまず知る事は本当に大事だと思います。
もう一つ、被差別者から「差別解消で得られるインセンティブの提示」があると事が進みやすいのではないか?という提案があるので一度読んでいただけると面白いかもしれません。

「ブルマの興亡史」
https://honeshabri.hatenablog.com/entry/history_of__bloomers

タイトルでおふざけ感を感じるかもしれませんが、とても真面目にわかりやすく「女性らしさ」からの解放史を描いておられますよ。

オーウェン
2019-06-18 12:19:33ID:126610

>>7zoesan::さん
適材適所はすごく思う。
真に平等であることを願うなら女性も力仕事するべきだ、みたいに思ってしまうことがあるかもしれないがそれは違うと思うので。
ムキムキな女性なら一般男性より向いているかもしれませんが。

7zoesan
2019-06-18 08:37:54ID:126574

>>やそ::さん
統計の問題は個人的な要素がバイアスとして排除されてしまうことにありますよね。
多くの企業が効率を重視するために一次選考という形で学歴でシグナリングしている事実はあると思います。
そういったなかで能力が埋もれてしまうケースもあり、一部では今後はSNSのフォロワー数や内容など個人的な要素を評価していく時代になっていくと言われています。インターネットによって住んでいる場所などの属性によらない滑らかな社会に向かっていくといいですね。

7zoesan
2019-06-18 08:20:46ID:126566

>>オーウェン::さん
家庭内とパブリックな社会ではきっと異なるのでしょうね。ただ男女それぞれの能力の差は認めた方がいいと個人的には思ってます。それぞれに活躍しやすい場があり、適材適所で互いに補いあう関係がよいと思ってます。

やそ
2019-06-18 05:54:29ID:126549

統計学的差別って初めて聞きましたが難しい問題ですね。
統計でも有意差が出てくるからそれを区別するのは当然だみたいな正論を掲げそうになるけれど、その有意差が出てくる原因が本当に能力に差があるからではなく、いろいろな差別が原因となってそれが結果として現れているだけだった場合、
その区別をすることが余計に統計学的な差を広げることになり余計に問題が複雑化する。

統計的に正しくても、それが本当に正しいかは分かりませんものね。

オーウェン
2019-06-18 00:55:53ID:126544

スペインが女性不平等感を感じる社会なのは意外ですな。
フラメンコ的な、強いイメージなので(^^;
まあ、日本もかかあ天下的で女性が強いイメージはあるんですが。

かかあ天下ってのは割と最近の文化であるから?徐々に女性の支配率が高くなって不平等感が薄まるのだろうか?

まあ、強いからといって不平等感が薄まるかというと違うのだろうが。

NEMber who posted this article

北海道で理学療法士兼スポーツトレーナーとして活動しています。
これまでの臨床経験から得た気づきや学びに関すること、
日々の読書の備忘録など、徒然なるままに健康と幸福と自身の人生観についてアウトプットしていきたいと思います。
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