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【古事記入門】その53 目弱王の変 2

nem3.60xem (2)
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2019-07-03 21:56:42
【古事記入門】その53 目弱王の変 2

皇后の連れ子が、安康天皇を殺害するという大事件が発生。

この非常事態に立ち上がったのは、安康天皇の末の弟、大長谷王(おおはつせのみこ。後の雄略天皇)でした。

 

 

ここに大長谷の王、その時童男(おぐな)にましけるが、すなはちこの事を聞かして、慨み怒りまして、その兄黒日子のもとに到りて、「人ありて天皇を取りまつれり。いかにかもせむ」とまをしたまひき。

 

大長谷王は、当時はまだ少年だったのですが、この事件を聞くと憤慨して、兄である黒日子のもとを訪れて「天皇を殺したやつがいますよ! どうしてくれましょう!」と相談します。

 

然れどもその黒日子の王、驚かずて、怠緩(おほろか)におもほせり。

ここに大長谷の王、その兄を詈りて、「一つには天皇にまし、一つには兄弟にますを、何ぞは恃もしき心もなく、その兄を殺りまつれることを聞きつつ、驚きもせずて、怠(おほろ)かに坐せる」といひて、その衣矜を取りて控(ひ)き出でて、刀を拔きてうち殺したまひき。

 

しかし兄の黒日子は、たいして驚きもせず、落ち着いたまま思案をしています。

これに大長谷王は言葉を荒げて、
「殺されたのは天皇でもあり、兄弟でもある方なのに、なんて頼りないんだろう! こんな話を聞いて驚きもしないで、のんびり座っているなんて!」
と言うと黒日子の襟首をつかんで引っぱり出し、刀を抜いて斬り殺してしまいました。

 

気が立っているのは分かるけど加減が無さすぎます(笑) 恐ろしい子です。

 

またその兄白日子の王に到りまして、状を告げまをしたまひしに、前のごと緩(おほろ)かに思ほししかば、黒日子の王のごと、すなはちその衣衿を取りて、引き率て、小治田(をはりだ)に來到たりて、穴を掘りて、立ちながらに埋みしかば、腰を埋む時に到りて、二つの目、走り拔けて死せたまひき。

 

もう一人の兄である白日子のところにも行ってみますが、こちらの兄さんも、のんびり構えて取り合ってくれません。
そこでまた襟首をつかんで小治田という場所まで連れて行って、穴を掘って白日子を立ったまま土に埋めてしまいました。白日子は腰あたりまで埋まったところで、両目が飛び出して死んでしまいました。

 

ホントになぜそこまでやるのか分からないのですが、邪推するならば、この混乱に乗じて皇位継承のライバルとなる兄弟を始末してしまおうという魂胆があったのかもしれません。

まあそれにしても無理やりです。

 

また軍を興して、都夫良意美(つぶらおみ)が家を囲みたまひき。ここに軍を興して待ち戰ひて、射出づる矢葦の如く來散りき。

ここに大長谷の王、矛を杖として、その内を臨みて詔りたまはく、「我が語らへる孃子(をとめ)は、もしこの家にありや」とのりたまひき。

 

そして大長谷王は軍を引き連れて、目弱王が逃げ込んだツブラオミ(=葛城円)の家を取り囲みます。
両軍が射掛ける矢が葦のごとく降り注ぎます。

やがて大長谷王は、矛を杖のように地面に立てて、家の中に向かって「私が言い交わしていた乙女は、この家にいるのか?」と問います。

 

くわしい経緯は書かれていませんが、葛城円の娘であるカラヒメと大長谷王は、前々から懇意だったようです。

ドサクサで兄貴は殺すし敵に容赦はしないが、女をもらっていくのは忘れない。それが雄略スタイル。

 

ここに都夫良意美、この詔命を聞きて、みづからまゐ出でて、佩ける兵を解きて、八度拜みて、白しつらくは、

「先に問ひたまへる女子訶良比賣(からひめ)は、侍らはむ。また五處の屯倉(みやけ)を副へて獻らむ。然れどもその正身まゐ向かざる故は、古より今に至るまで、臣連の、王の宮に隱ることは聞けど、王子の臣の家に隱りませることはいまだ聞かず。ここを以ちて思ふに、賤奴意富美は、力をつくして戰ふとも、更にえ勝つましじ。然れどもおのれを恃みて、陋(いや)しき家に入りませる王子は、命死ぬとも棄てまつらじ」

 

葛城円はこれを聞いて、みずから表に出てきて、武器を置いて、八度もお辞儀をして、こう答えました。

「さきほどお尋ねになったカラヒメは、差し上げましょう。また私が所有している5つの村も、添えて献上しましょう。
しかし私自身は、あなたに従うことはできません。なぜなら、古来より家来が王のところに身を寄せる例はありましたが、王子が臣下の家に身を隠すことなどありませんでした。
私は力をつくして戦っても、あなたに勝つことはできないでしょう。しかし、こんな私を頼って来た王子を見捨てることなど、死んでもできないのです」

 

 

こんな事、なかなか言えないですよね。

ただでさえ大臣の地位に就く実力トップクラスの豪族です。
おとなしく目弱王の身柄を差し出せば、大長谷王とも良好な関係を維持したまま、娘は天皇の妻、孫が生まれれば次期天皇です。
ハッキリ言って「この世をば 我が世とぞ思う」くらいの地位をほぼ手中にしている状態。

そのステータスを、「王子が私を頼ってくれたからには、見捨てられない」という、仁義なのか情緒なのか、そういったもののためになげうって、反逆者の汚名をあえて被りに行ってしまったのです。

 

なんかヤマトタケル対クマソタケルを思い出します。勝者がクレイジーで、敗者がやけに格好いい。

判官贔屓じゃないですけど『古事記』にはそういう、覇者への反感と、滅びゆくものへの共感みたいな感性が根っこにあるんでしょうか?

 

ちなみに『日本書紀』では葛城円が「カラヒメと屯倉7つを差し上げるので許してください」と懇願したが、大長谷王は許さずに、家を燃やして焼き殺した、という話になっています。
こっちは情緒のかけらもないですね(笑)

 

ここに窮まり、矢も盡きしかば、その王子に白さく、「僕は痛手負ひぬ。矢も盡きぬ。今はえ戰はじ。如何にせむ」とまをししかば、その王子答へて詔りたまはく、「然らば更にせむ術すべなし。今は吾を殺せよ」とのりたまひき。かれ刀もちてその王子を刺し殺せまつりて、すなはちおのが頸を切りて死にき。

 

さて、ついに追い詰められ、矢も尽きてしまった葛城円は、目弱王にこう告げます。「私は深手を負ってしまったし、矢も尽きました。もう戦うのは無理です。どうしましょう」
目弱王は「それならば仕方がありません。私を殺しなさい」と答えます。

葛城円は刀を抜いて目弱王を刺し殺し、自分も首を切って果てました。

 

 

以上が目弱王の変のあらましでした。

終わってみれば皇位継承のライバルを一掃し、強い発言力を持っていた葛城氏も黙らせることに成功した大長谷王の一人勝ちのような結果に。

そして次回、大長谷王はもう一人残っていた継承候補者をも葬り去ることに・・・

Comment
ねむりや
ねむりや
2019-07-04 08:33:34ID:130189

>>やそ::さん
自分が誰かになり代わるとしたら、道後温泉に流刑になった軽皇子ですかねぇ。
最終的な勝者である大長谷王になりたいとは思わない・・・

やそ
やそ
2019-07-03 22:21:43ID:130096

負けるが勝ちな古事記。

この記事を書いた人
東京都北区王子でカフェやってます。