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【古事記入門】その55 雄略天皇の求婚

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市辺押歯王、御馬王を亡き者にした大長谷王は、満を持して即位し、雄略天皇となります。

 

大長谷の若建(わかたけ)の命、長谷の朝倉の宮にましまして、天の下治らしめしき。

天皇、大日下の王が妹、若日下部の王に娶ひましき。(子ましまさず。)また都夫良意富美が女、韓比賣(からひめ)に娶ひて、生みませる御子、白髮(しらが)の命、次に妹若帶比賣(いもわかたらしひめ)の命二柱。

 

雄略天皇の都は、長谷の朝倉宮。現在の奈良県桜井市あたりです。

ここではオオハツセワカタケノミコトと呼ばれています。若い割に猛々しい性格から、そう呼ばれたのでしょうか。

千葉県の稲荷山古墳出土鉄剣に記されていた「獲加多支鹵大王(ワカタケル大王)」の文字は教科書などにも載っているので、この名前に見覚えがある人も多いかもしれません。

 

后はすでに名前が登場している2人。
安康天皇が大日下王からもらってくれるはずだったのが、目弱王の変のゴタゴタで延び延びになっていた若日下王と、葛城円の娘である韓比売です。

若日下王との間には子供は無し。
韓比売との間には白髪命、若帯比売という一男一女。

 

若日下王との結婚

 

以下には雄略天皇が若日下王と結婚した時のエピソードが語られています。

 

初め大后、日下にいましける時、日下の直越(ただこえ)の道より、河内に出いでましき。

 

若日下王がまだ日下に住んでいたころ、雄略天皇は、生駒山をまっすぐ越える道を使って、大和から河内へと訪ねていきました。

 

 

ここに山の上に登りまして、國内を見放けたまひしかば、堅魚(かつを)を上げて舍屋を作れる家あり。天皇その家を問はしめたまひしく、「その堅魚を上げて作れる舍は、誰が家ぞ」と問ひたまひしかば、答へて曰さく、「志幾(しき)の大縣主(おほあがたぬし)が家なり」と白しき。

 

山の上から大和を振り返ってながめてみると、鰹木(屋根の上の横向きの部材)を渡して作っている家が見えました。

天皇が「あれは誰の家だ」と尋ねると、志幾の大県主の家とのことでした。

 

鰹木は、古くは皇族や豪族の家に用いられた様式で、現在はおもに神社の屋根に残っています。


要は神聖な権威を持つ者のみに許される建築様式ということみたいです。

 

ここに天皇詔りたまはく、「奴や、おのが家を、天皇の御舍に似せて造れり」とのりたまひて、すなはち人を遣して、その家を燒かしめたまふ時に、その大縣主、懼ぢ畏みて、稽首白さく、「奴にあれば、奴ながら覺らずて、過ち作れるが、いと畏きこと」とまをしき。

 

天皇は「下衆の分際で、自分の家を、天皇の宮に似せて造るとは許せんッ!」と言って、人を派遣して家を焼かせようとします。

天皇になってもブレないこのスタイル。

 

志幾の大県主は怯えて頭を深々と垂れて「暗愚ゆえ、自分がいやしい身分であるという分別もないまま、間違った造作をしてしまいました。まことに恐れ多いことです」と言って謝罪しました。

 

かれ稽首の御幣物(ゐやじり)を獻る。布を白き犬に縶(か)けて鈴を著けて、おのが族、名は腰佩(こしはき)といふ人に、犬の繩を取らしめて獻上りき。かれその火著くることを止めたまひき。

 

大県主はおわびの品として、白い犬に布をかけて鈴をつけて、同族のコシハキという者に綱を引かせて献上しました。
そこで、天皇は火をつけることをやめました。

 

すなはちその若日下部の王の御許にいでまして、その犬を賜ひ入れて、詔らしめたまはく、「この物は、今日道に得つる奇しき物なり。かれ妻問ひの物」といひて、賜ひ入れき。

ここに若日下部の王、天皇に奏さしめたまはく、「日に背きていでますこと、いと恐し。かれおのれ直にまゐ上りて仕へまつらむ」とまをさしめたまひき。

 

天皇は若日下王の家に着くと、その白犬をプレゼントして「これは、今日来るときに手に入れた珍しい品だよ。結婚の申込みの品として、差し上げよう」と言います。

すると若日下王は「太陽に背を向けてここまで通ってくるのは、とても恐れ多いことですわ。だからこちらでお迎えするのではなくて、じきに私のほうから長谷に出向いて、后となります」と答えます。
これを受けて雄略天皇は、その日は何もしないまま帰路につきました。

 

太陽に背中を向けるのって縁起が悪いんですかね?
たしか神武東征のときには「日に向かって戦うのは良くないから、日を背負って戦おう」と言ってたような気がしますが。

 

ここを以ちて宮に還り上ります時に、その山の坂の上に行き立たして、歌よみしたまひしく、

日下部の 此方の山と
疊薦(たたみこも) 平群(へぐり)の山の
此方此方の 山の峽に
立ち榮ゆる 葉廣熊白檮(はびろくまかし)
本には いくみ竹生ひ
末へは たしみ竹生ひ
いくみ竹 いくみは寢ず
たしみ竹 たしには率宿ず
後もくみ寢む その思妻、あはれ

すなはちこの歌を持たしめして、返し使はしき。

 

こうして雄略天皇が長谷へ帰る途中、また山の上に立ったところで歌をうたいます。

日下の、あちらの山と
こちらの平群の山と
あちらこちらの山のあいだに
葉の大きな熊白檮が立ち並ぶ
木の根のところには茂った竹
木の先のところにはしっかりした竹
君のところへ行っても寝られず
たしかに寝られず
いつか一緒に寝ようね。ああ愛しい妻よ

この歌を人に持たせて、若日下王のところへ届けさせました。

 

犬をプレゼントしたのはいいけれど、「おあずけ」を食わされたのは雄略天皇のほうでしたね(笑)

 

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