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【古事記入門】その67 用明天皇

nem97.45xem (4)
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2019-08-14 10:39:00
【古事記入門】その67 用明天皇

蘇我馬子と物部守屋の対立が激化するなか、疫病でこの世を去った敏達天皇。

皇位を継いだのは、異母弟である用明天皇でした。
敏達天皇の外祖父は宣化天皇でしたが、用明天皇の外祖父は蘇我稲目。血筋的には先代より蘇我氏寄りの天皇です。

 

 

弟橘の豐日の命、池の邊の宮にましまして、三歳天の下治らしめしき。

 

池辺宮は、欽明天皇の他田宮からちょっと川をさかのぼったあたり。あんまり宮が大きく移動することがなくなってきました。

用明天皇の治世はわずか3年。
不運にも用明天皇も即位後まもなく疫病に襲われ、この世を去りました。

 

この天皇、稻目の大臣が女、意富藝多志比賣(おほぎたしひめ)に娶ひて、生みませる御子、多米(ため)の王一柱。

また庶妹間人穴太部王(はしひとのあなほべのひめみこ)に娶ひて、生みませる御子、上の宮の厩戸豐聰耳(うまやどのとよとみみ)の命、次に久米の王、次に植栗(ゑくり)の王、次に茨田(うまらた)の王四柱。

また當麻の倉首比呂(ひろ)が女、飯の子に娶ひて、生みませる御子、當麻の王、次に妹須賀志呂古(すがしろこ)の郎女二柱。

 

子女で注目したいのは、なんと言っても厩戸豊聡耳。いわゆる聖徳太子です。

 

 

後代に書かれた伝記である『上宮聖徳法王帝説』にて、一度に8人の話を聞いて理解できたので「豊聡耳」と呼ばれた、と書かれています。

まあ真実は逆で、何か超人エピソードみたいなのを挿入したいと思ったときに、「豊聡耳」の字面から連想して創作された話なんじゃないかなと思いますが。
(綏靖天皇の名前である神沼河耳なんかに見られる通り、「耳」という字は古代の貴人の名前につけられた尊称なので、特に耳が良いとかの意味はありません)

 

 

仏教の受容

それで、日本書紀から話を引っぱってこようとすると仏教の話ばっかりになっちゃいますが、

 

天皇得病還入於宮、群臣侍焉。天皇詔群臣曰「朕思欲歸三寶、卿等議之。」

 

天皇は病を得て宮に帰り、群臣に対して「私は三宝(仏教)に帰依しようと思う。これについて話し合ってくれ」と言います。

もちろん物部守屋と中臣勝海は反対しますが、蘇我馬子は「陛下が仰っているんだから、従わなきゃダメでしょ」と、すました顔をしています。

 

結局、天皇の弟である穴穂部皇子が法師を内裏に招き入れてしまいます。
それで色々祈祷などをやったんでしょうが、その甲斐もなく、3年で用明天皇は世を去ります。

 

 

次の天皇は異母弟である長谷部の若雀=崇峻天皇。
高校とかで日本史やった人は聞いたことある名前かもしれませんね。空前絶後のヤベー事件が起きます。

 

 

この記事を書いた人
東京都北区王子でカフェやってます。