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【古事記入門】その69 推古天皇

nem171xem (5)
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2019-08-24 13:01:57
【古事記入門】その69 推古天皇

いよいよ最終回です。
古事記は推古天皇で終わりなんですねぇ。

 

妹豐御食炊屋比賣の命、小治田(をはりだ)の宮にましまして、三十七歳天の下治らしめしき。御陵は大野の岡の上にありしを、後に科長(しなが)の大陵に遷しまつりき。

 

蘇我馬子によって暗殺された崇峻天皇を継いで皇位に就いたのは、若い皇子たちではなく、元皇后であった豊御食炊屋比売でした。

 

 

以上、古事記はこれで終わりです。

推古天皇については歴史の教科書にもいろいろ書いてあるくらいですが、例によって古事記にはなーんも書いてません。アッサリしたものです。

 

 

推古天皇は史上初の女帝となるわけですが、即位の経緯としては

  • 皇子たちが若すぎた(当時は40歳を越えたくらいじゃないと、天皇としては物足りなかった)
  • 忍坂日子人皇子派と竹田皇子派で朝廷が割れそうになったので、とりあえずお茶を濁した
  • とにかく蘇我系の流れを確保しておきたかった

など、推測はできるんですが、確実なことを言うには決め手に欠けます。
あんがい個人の資質が優れていて慕われていたとか、そういう単純な理由なのかもしれないですね。

現時点で皇后だったら、神功皇后のようにそのまま皇后親政という形になったのかもしれませんが、用明・崇峻天皇をはさんだ結果、皇后位からも外れてしまったので、それじゃあ天皇になっちゃおうという経緯だったのかも。

 

短命だった用明・崇峻天皇とは対象的に、推古天皇は37年という長期政権になります。
推古天皇と聖徳太子・蘇我馬子の連合政権がいろいろスゴイことをやったというのはなんとなくご存知かと思いますが、それだけのことをやるための時間もたっぷりあったんですね。

また聖徳太子は順当に行けば天皇になってもおかしくない人でしたが、推古天皇が長生きだったため、聖徳太子のほうが先に亡くなってしまいました。

 

では、以下日本書紀の記述をいくつか見てみましょう。

 

立厩戸豊聰耳皇子爲皇太子、仍錄攝政、以萬機悉委焉。

橘豊日天皇第二子也、母皇后曰穴穗部間人皇女。皇后、懷姙開胎之日、巡行禁中監察諸司、至于馬官、乃當廐戸而不勞忽産之。生而能言、有聖智。及壯、一聞十人訴以勿失能辨、兼知未然。

 

厩戸豊聡耳皇子が皇太子として立てられます。そこで摂政となり、万事、彼に委ねられました。

彼は用明天皇の第二皇子で、母皇后は穴穗部間人皇女。身重の皇后が宮中の各部署を見回って歩いていると、馬小屋の前あたりで、労せずスポーンと生まれてしまいました。
生まれた時から言葉を話し、聖なる知恵がありました。大人になると一度に十人の訴えを聞いて処理することができ、予知能力もありました。

 

摂政である聖徳太子の人となりについても、ここで語られています。超人ですね。

 

 

大禮小野臣妹子遣於大唐、以鞍作福利爲通事。

 

大礼(官位)の小野妹子を大唐に派遣する。鞍作福利(くらつくりのふくり)を通訳とした。

 

遣隋使に関しての記述は、意外とアッサリしてます。「日出る処の天子・・・」云々の文面は、中国側の歴史書である『隋書』に書いてあります。

鞍作福利は、法隆寺金堂釈迦三尊像などを作った渡来系仏師、鞍作止利の息子と言われています。

 

 

皇太子・嶋大臣共議之、錄天皇記及国記

 

聖徳太子と嶋大臣(蘇我馬子)は、相談しあって天皇記および国記を記しました。

これは古事記や日本書紀よりも先に作られた歴史書なわけですが、残念ながら現存していません。大化の改新で蘇我蝦夷の家が焼けたときに、一緒に消失してしまったと言われています。

 

 

大臣遣阿曇連闕名・阿倍臣摩侶二臣、令奏于天皇曰
「葛城縣者、元臣之本居也、故因其縣爲姓名。是以、冀之常得其縣以欲爲臣之封縣。」
於是、天皇詔曰
「今朕則自蘇何出之、大臣亦爲朕舅也。故大臣之言、夜言矣夜不明、日言矣則日不晩、何辭不用。然今朕之世、頓失是縣、後君曰、愚癡婦人臨天下以頓亡其縣。豈獨朕不賢耶、大臣亦不忠。是、後葉之惡名」則不聽。

 

これは聖徳太子が亡くなったあとの話ですが、大臣蘇我馬子は、安曇連(下の名は不明)、阿倍臣摩侶という2人を使いに立てて、推古天皇にこんなお願いをします。
「葛城県は、もとは私めの先祖の土地です。だから、そのあたりの地名であるソガを名乗っています。ずっと欲しかったんです。私の領地としていただけませんか」
天皇は、
「私ももともとはソガの出身であり、大臣は私の叔父です。だから大臣の言葉を、夜に言われれば夜の明けないうちに、昼に言われれば日の暮れないうちに、聞いてあげたいと思っています。しかし、私の時代に、この土地をいきなり失ったりしたら、後世の天皇たちは『バカな婦人が政治をやるからこんな事になったんだ』と言うでしょう。また私が笑われるだけでなく、大臣も不忠者として悪名が伝わってしまいますよ」
と言って退けました。

 

蘇我系出身の推古天皇ですが、意外と馬子の思い通りにならないところもあったんですね。

 

おわり。

Comment
ねむりや
ねむりや
2019-08-25 09:03:23ID:142189

>>やそ::さん
オススメタグにしていただいてありがとうございました!

やそ
やそ
2019-08-25 07:59:15ID:142182

とても楽しい連載ありがとうございました!

matsuno
matsuno
2019-08-25 00:12:06ID:142141

>>珈琲ねむりや::さん
ああ、そうでした。ネムストアで手続きしておきます。

ねむりや
ねむりや
2019-08-25 00:09:12ID:142137

>>matsuno@漆黒の::さん
そういえばmatsunoさんコーヒー選んで下さいw

matsuno
matsuno
2019-08-24 22:42:51ID:142119

>>珈琲ねむりや::さん
場違いなんてありませんってw
好きな物を好きなだけ書く場所と思っています。

ねむりや
ねむりや
2019-08-24 22:06:18ID:142091

>>kassy_nara::さん>>matsuno@漆黒の::さん
こちらこそ、こんな場違いで意味分かんない連載を読んでくださってありがとうございましたw
次はもうちょっと東日本にスポットが当たるネタをやりたいなーと、企んでます。

matsuno
matsuno
2019-08-24 21:47:43ID:142078

凄いですね!お疲れさまでした!

kassy_nara
kassy_nara
2019-08-24 17:07:28ID:142009

全69回ですか! お疲れさまでしたw
第一話から全て読ませて貰いました。
凄く勉強になりました。
ありがとうございましたm(_ _)m

この記事を書いた人
東京都北区王子でカフェやってます。