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「道なき未知」の話

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7zoesan
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2019-11-27 08:11:16
「道なき未知」の話

「道なき未知」は作家であり小説家である森 博嗣のエッセイのタイトルだが、その冒頭にこのような一文がある。

 

道の先にあるものは未知だ。

なにかがありそうな気がする。この予感が、人の心を温める。温かいことが。すなわち生きている証拠だ。

したがって、行き着くことよりも、今歩いている状態にこそ価値がある。

 

この一文から得た着想を元に今日は「道」について考えてみようと思う。

そして、今日は水曜日、今日のお題は「道」である。

 

「道」という言葉は様々な比喩表現として用いられることが多いと思う。

茶道、華道、柔道など様々な技術習得までの道のり、方法やその姿勢を表すことに「道」が使われている。

道を極めると「極道」となる。

ん?、なんか違うか。

だからその道を極めている人達は皆、厳しく、恐いのか。

 

また、道徳・道心・道理・道義・正道・邪道・外道(げどう)・武士道、王道などの「道」言葉は人の守るべき教えや原理を指す。

それらは過去から脈々と続く「道」である。

 

そして「道」は人生に例えられる。

私の行く道、来た道、これはまさしく私の人生である。

しかし、ここでよくよく考えてみると、本来、道というものは自分の後ろにしか存在しない。

私の歩いた跡が道となるのだから人生の道は過去であり、今である。

しかし、先のゴールははっきりと見えている。

人生のゴール、それはすなわち「死」である。

つまり人生の道を歩くということは「死」というゴールにまでいかに困難を避けながら、楽しく、遠回りするかのゲームのようなものともいえる。

そして、さっきもいったように道は過去で、先に見えている無数の道は蜃気楼のようなものであり、また先人たちが歩んだ道の跡である。

それは私の「道」ではない。

ただ、先人たちが創った道を借りることもでき、それはリスクを避ける手段にもなる。

ある程度の見通しがつくからだ。

このような「道なき未知」を進み、ゴールまで遠回りするためには地図やコンパスがあると便利である。

そして「道なき未知」の地図、コンパスになるのが私は「本」であり、「出会い」だと思っている。

出会いは道の交わいだ。

ある期間を一緒に歩いたり、次の道を相談してみたり、共に道に迷ったり、離れることもある。

無数にあるように見える「道」の中から最適な「道」を探すのに私たちは迷い、苦しむ。それが人生の「道」を歩くということであり、常にその道の選択は「今」だ。

冒頭に戻る。

 

何かあるだろう予感、好奇心が人の心を温める。温かいのは生きている証拠だ。

 

アフリカのサバンナから飛び出した人類の好奇心は留まることを知らなかった。人類は好奇心だけでここまで来たといっても過言ではない。

 

私は本を携えながら歩く、時に交わった人には楽しそうな道を教えてもらう。

時に衝動的に藪に突っ込もうとするが共に同じ道を行く家族がそれを制止する。

道に迷ったときはコンパスや地図がある。

だから、迷うまで楽しそうでワクワクするような道を進んだらいいと思う。

道がなければ新しい道を作ればいい。

私の作った道が誰かの道標になるかもしれない。

先に何があるかわかる道、先人や親が作った道を歩いてゴールにたどり着いたって面白いことなんてないだろう。

お化け屋敷と一緒だ。

どこでお化けが出ることが最初からわかっていれば、お化けが屋敷に入る意味はないだろう。

 

松下幸之助は「道をひらく」の冒頭でこのように書いている。

 

「自分には自分の与えられた道がある。天与の尊い道がある。」

 

このように書くと道は目の前に続いているように思われ、その道を歩き続けること、目の前の仕事をやり続けることが美徳であり、大切であるという解釈になる。

稲盛和夫もそのようなことを書いていたが、このような経営哲学の行末がいまの日本であり、自由な転職を阻み、休みも取れず、楽しみや遊びがないからイノベーション分野において世界から取り残されている。

歯を食いしばって、しがみつくような道が私の道なわけはない。

そんな道が天命によって決まっているというのであれば、毎年、途方もない数の人が最速でゴールに向かうのも無理はない。

そんな「道」があるわけがない。

「今」歩いている道が私の「道」だ。

 

ネムツアで世界一周なんて途方もないことだと思ったが、気づけば予想よりも早いペースで世界一周を達成した。

ここまで歩みを繋いできたのはゴールという未知へのワクワク感と歩いて健康とトークンを手に入れるという新しいことへの好奇心の結果ではないだろうか。

暗号資産がもたらす未知といままでこの世に存在していなかった新しいサービスであるnemlog、nemgraphに集まっている人達は好奇心が旺盛で「今」を生きている人が多いと思う。

つまり温かい。

私はここで皆と道が交わって、皆の温かさに触れた。

この道に来たことは間違えではなかった。

この道の未知にはワクワクする、なにかありそうな予感があった。

 

この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。迷わず行けよ。行けばわかるさ 

アントニオ猪木「道」より

 

アントニオ猪木の「道」が正解だと思う。

 

道の先は未知だ。

だからこそ面白い。

迷ったら好奇心の赴くまま、心動かされる方へ進んでいけばいい。

 

 

Comment
7zoesan
7zoesan
2019-12-12 22:05:45ID:164026

>>わんこイン.nem::さん
未知だからこそのワクワクですよね!
楽しい道作りましょう!

7zoesan
7zoesan
2019-12-12 22:05:00ID:164025

>>matsuno.nem::さん
こちらこそありがとうございました!

7zoesan
7zoesan
2019-12-12 22:04:41ID:164024

>>ゼム🐳ゼム.::さん
1.2.3 ステェェェェェキ!!

わんこイン.symbol
わんこイン.symbol
2019-12-12 21:54:37ID:164022

未知だからこそ道が楽しくもあり、辛くもある
わくわくするけど不安!!でも、それがいい!、

ぜむ🐳ぜむ
ぜむ🐳ぜむ
2019-12-09 00:13:51ID:163305

・w・生まれた場所、家族、友達、仕事仲間、その他様々な縁で知り合えた人たちと一緒に歩いてできた道ぃいいい!
これからも迷わず行けよ。行けばわかるさ✨

7zoesan
7zoesan
2019-11-28 06:00:46ID:161623

>>matsuno.nem::さん
ダラダラと思いのまま書き綴ってしまいました。
みんなでワクワクするような道作りましょう!

matsuno@プログラミング初学者
matsuno@プログラミング初学者
2019-11-27 09:02:32ID:161439

わかっているようでわからない未知、道といわれるその日まで好奇心は続いていきますね。
一番乗りありがとうございます!

この記事を書いた人
北海道で理学療法士兼スポーツトレーナーとして活動しています。 これまでの臨床経験から得た気づきや学びに関すること、 日々の読書の備忘録など、徒然なるままに健康と幸福と自身の人生観についてアウトプットしていきたいと思います。 NEMはあまり関係ないことが多く、申し訳ありません!! ツイッターもはじめましたので、よかったらフォローお願いいたします。