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ぜにをふやすためにふやしてるおれはすごくすごい。

nem296xem (7) 397 13 2

 

 

刺身が好きです。

 

鯛とか食べたい。

 

 

夜中にスーパーによった際に切り身が半額になっていたりするとついつい買ってしまいます。

 

素人故、包丁の扱いは拙いのですがなんとかしてそれを捌いて喰う。

 

うん、うまい。

 

とはいえ、半額なだけあって喰ってる最中、もしかしたら腹をやられるかも、という心配が脳裡に浮かぶこともあります。

 

万一そうなったらば、正露丸を飲んだり医者に罹ったりしなければならなくなるでしょうね。

 

さて、鯛を喰うにも薬を飲むにも医者に罹るにも銭が必要です。

逆に言えば、銭っていうもんは鯛を喰い、薬を飲み、医者に罹るためにある。

 

快の獲得及び不快からの回避という目的達成の手段が銭である。

 

はずです。

 

はずなんです。

 

かなり前に、トークンエコノミーについての記事でこのようなことを述べたのですが、どうも釈然としない点があります。

 

というのも、この方向で突き詰めて考えてみると、快の獲得とか不快からの回避という目的そのものは「鯛の刺身を喰ったり腹痛の治療をした際(あるいは後)に得られる経験」であって、「鯛の刺身」や「治療」はその経験を引き起こす手段となるからです。

 

銭を手段、鯛や治療を目的として区別するならばその差は次元の差となりますが、経験以外全てが手段と捉えるならば同一次元上にある時間、手間の差でしかなくなります。

 

思考実験として、鯛を喰った時と全く同じ経験を簡単にシミュレートできると仮定した場合、我々は経験のみの方を選択するのでしょうか?

それでも鯛を喰うことを選ぶのでしょうか?

 

この課題について、素朴に考えると費用や健康に与える影響など前提にない要素が選択に絡んできそうなので現時点ではっきりした結果は出せないとは思いますが、少なくとも大多数が心の底から「鯛なんかいらないから経験だけくれよ。」と答えるとは考え辛いです。

 

鯛を経由した上での目的達成を願う人は経験の価値を「それを鯛から得た」という背景により高めている。

合理的に考えるならば、VR映像流しながら脳味噌に電極を指してビビビッ!と「鯛の刺身の食感や味」を再現した経験をする方がスマートであり、それにも関わらずわざわざ鯛に拘るとか、そのために銭を稼いだり払ったりするのは不合理の極みです。

 

しかし、私自身も経験のみを再現することで満足するかと聞かれたらおそらく首を傾げる。

 

つまるところ、「何かしらの手段を経て好ましい経験をしたり、それを伝聞知識として獲得したりしないうちはその手段に対する執着は生まれない。」というのは一つの真実でありますが、それとは別に「手段はその関係性から独立した価値を形成し得る。」というのもまた真実なんですかね?

 

故に、例えば「人が砂糖を求めるのは本能的に甘い物を好むから。」という記述も厳密には不十分だと思います。

 

確かに、甘い物を摂取した際に引き起こされる経験と快は先験的に連合しており、生後間もない赤ちゃんでも砂糖水与えると躊躇なくチューチュー吸ってガンギマりやがるくらい強い。

 

しかし、甘い物に対して人が見い出す価値の全体を

「んほぉ〜!甘いのぉ〜!ンギモヂィィ!!」感

に還元することはできない、ということですね。

 

経験外から見出された価値が結果として経験の価値に上乗せされるからこそ、シミュレーションは生の経験より劣るように思えるのでしょう。

 

ところで、経験の外から見出された価値というのが経験により見出された価値を上回る場合もあり得るのでしょうか?

 

あると思います。

 

我々にとっての、特に金持ちにとっての、資本主義にとっての銭がそれでしょう。

 

現代人が銭を貯める理由について。

私はどうも経験による裏付けにこだわり過ぎた節があります。

「銭は銭以外の目的、ないし目的達成のために用いる直接的な手段にアクセスするための間接的な手段」という認識はどうしても譲れなかった。

まぁ、トークンってのは引換券のことですから、本来はこれが正しいのですが、にしては消費をするために銭を欲しがる人が思いの外少ない。

 

果ては、浪費せず節約することが望ましい金持ちの在り方として挙げられたりもしています。

また、消費も消費で全体としての生産活動や富の増大に寄与する場合に条件付きで推奨され、それ以外は「無駄」というレッテルを貼られ糾弾される。

 

要は、銭の主な存在意義は銭を増やすことですよね?

消費活動やそれによって得られる物質的豊かさというのは銭を増やす中で生まれる副産物であって主な目的ではありません。

 

直接個々人の快楽に結びつかないのに皆が銭のために銭を増やすなんて営みに参加する状況が続くわけがないとも思いましたが、時折得られる副産物としてのエサの存在を考慮すれば特に不思議ではなくなる。

 

銭のために銭を得つつ、たまに何のためにそれを得ているのかわからなくなってきたあたりでエサを喰らい、銭とエサの連合を認識する。

そして、気分が良くなったところで再び「銭を増やすための銭」という主な価値観を通念として刷り込まれる。

 

これを繰り返せば銭のために銭を貯め、増やすことを至上の目的と考える人間の出来上がりです。

 

ところで、生産性とか有用性という語も実のところ人間の生存についての必要性や文化の持続性云々ではなく銭の増殖をもたらすか否かによって運用されていますよね?

 

その沼に嵌っている人をよく見ます。

 

直接人間の生存に必要がないという意味で余計な商品の存在やその消費について生産性がないと批判する人に対して「これこれこういう経済効果がある」という指摘が為される時とか。

 

あるいは、文化財の保存に関する議論において「それ保存してなんの利益があるの?」という疑問が投げかけられる時とか。

 

こういうのは大抵の場合、「で、それでいくら銭増えるの?」に対して反論できない事が多い。

これも銭を増やすこと自体が我々の生きる目的として内在化されてる証拠ですよね。

 

そこにおいて銭以外の全てのものは疎外されるので、究極、そこにいる人間どもが死のうが生きようがどうでもいいし、文化が風化しようがどうでもいい。

 

人命や文化を維持することへの肯定というのは銭の増殖に寄与する限りにおいて副産物として生じ、お溢れとして享受できる類のものであり、それ自体は「取るに足らない」結果です。

 

人間の価値を経済的な生産性で測る「合理的な人々」について。

彼らはよく生産活動に勤しまず、増大のための消費も行わない(行えない)人間を疎外したがります。

 

しかし、いらないとか、使えないとか、彼らが他者をそう評価し「疎外しようとする」より前から既に彼ら自身も疎外されています。

 

銭の規範により動く者というのは徹頭徹尾膨れ上がる資本の垢のようなものであり、彼ら自身に存在価値などありません。

 

銭の規範により動く共同体において、仮に何かを成し遂げても、それにより銭を増やせたか否かが絶対的な評価基準である以上、その「業績」はあまりにも不当に、過小に評価されざるを得ません。

 

だから皆、日夜銭のために銭を貯めてばかりなのです。

 

ようやく溜まっていたものを消化できました。

 

あと、AirpodsiPad mini5Apple pencil買いました。

 

私は経済活動に貢献してるから生産性が高いに違いないね。

 

えらい。

 

 

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Comments from NEMber
オーウェン
2020-01-17 00:39:45ID:169604

>>物愚者::さん
なんか価格がどうなろうと永遠に、
価格>ゲームやりたさ
になる物があって、値段が高いことが、よりそのゲームを面白そうに見せてるだけなんじゃないか?思うことがある。

やはり、高いからいい。安いからだめ。
って少なからずそう思う部分はあるんだろうなと。

200円で買ったFF13、二時間でやめちゃったし😅

物愚者
2020-01-17 00:22:37ID:169602

>>matsuno::さん
どーもです。
お金はおっかねぇ。

matsuno
2020-01-16 18:39:58ID:169563

お久しぶりです!
お金って読めないですよね。動きが。

物愚者
2020-01-16 17:43:57ID:169558

>>7zoesan::さん

お久しぶりです。

もしかしたら私の書くものって内容がないだけなのかもしれな(ry

最近、手段を必要以上に偏愛する不合理さがむしろ人の獲得したものなのかもなぁとか思ってて。
認知バイアスはむしろ適応的だ(少なくともそうだった)から根本的に不適応という前提から考えるとむしろ分かりづらくなるみたいな話に近いんですかね。

物愚者
2020-01-16 17:38:33ID:169556

>>やそ::さん

お久しぶりです。

魚で腹壊すなんて。
まさかな。

なんちって。

物愚者
2020-01-16 17:36:10ID:169555

>>新井マクト 🦎🦎🦎::さん

ども、お久しぶりです。

カネや穀物が人を「本性よりも更に」打算的な思考に導いたり不寛容にするというのは本当だと思います。
物々交換が天国なわけではないにせよ。。。

物愚者
2020-01-16 17:31:43ID:169554

>>オーウェン::さん
どもです。

1000円になっても買わないことについて、時間経過の中で主観的な価値が低下したとか、相対的により欲しいものが現れたとか、そう考えるならばカネの側にはその対象の価値を変動させる作用がないんですが、おそらくそれ以外にカネの持つ権威による変動作用も絡んできてると思うんですよね。

そこに焦点を当てると、5000円の時は物側の良し悪しに主導権があったため「これは5000円出してまで買うほどのもんじゃない」と避けていたが、1000円となっても今度は値段の安さが対象の価値を低く見積もるように働いたためにまた避けちゃうみたいな。

バッグも本物だと知らされたとしても(情報は確実なものとする)素直に「300万もするバッグクソ安く手に入れた!うれぴー!」とはなれないというか。

その辺、影響力の武器という本にも載ってます。
潰れかけの土産屋がせめて在庫投げ売りしてから店を畳もうと値下げしようとした際、誤って倍の値段を提示してしまったらその日からアホみたいに売れはじめたとかいうケッタイな話が笑

7zoesan
2020-01-15 22:10:21ID:169481

お久しぶりです!
相変わらずの難解な文章ですがうれしかったです。
以前より読むのに時間がかかってしまいました!
まぁやっぱり猿は猿なんでしょうね、いい人GETしてたくさん子作りすることが遺伝子上にインプットされている以上は多くの人と価値比較がしやすい「お金」を増やすことがわかりやすいのでしょうか。

やそ
2020-01-15 20:50:43ID:169473

久々過ぎて一回で咀嚼できませんでした。
お金払って魚買ってきます。

新井マクト 🦎🦎🦎
2020-01-15 19:00:09ID:169465

お久しぶりです!!
わいはXEM のためにコーヒー買ったり、ハーブティー買ったり、柚子胡椒買ったり、カレー粉かったりしたんでXEM に貢献したな。生産性高い!!経済にも貢献した!!
(ただ欲しくて買っただけw)
銭を増やすために銭を貯める…。
狩猟民族に戻って物々交換じゃ~!!
パイナッポー、アッポーペン!!
メメタァ!
🐸🐸🐸
🦎🦎🦎

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趣味は他人に施すことです。
精一杯尽くすので100万円ください。
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