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「正論」に社会的弱者すらも惹かれる構造について。

nem10.25xem (2) 189 4 0

先日、植松被告に死刑判決が下りましたね。

 

これを機に、再び考えてみませんか?

 

彼の思想と呼ばれるものについて。

 

・国家、社会的な生産性の向上に貢献できる者に限り生存権が保証される.

 

・生産性が低い者の中でも特に意識すら認められない障害者は何の役に立たないため、生かしておくのは資源の無駄でしかないから積極的に殺処分すべきである.

 

・上記の内容を実践することは国家、社会に貢献する行いであり、尊いものである(生産性も高い).

 

以上、私の恣意的な解釈が全く介入していない保証はないのですが、大筋としてはこんなものではないのかなと思います。

 

不謹慎なのを承知の上で言うと、これ、程度の差こそあれ、「ネトウヨ」が好む「ネット上の正論」とされる主張によく似ていませんかね?

 

弱者切り捨て、自己責任論、差別主義、愛国無罪、人間の物質化、動物化、資源化...etc

 

こういう「正論」を述べる方々を眺めながら思ったんですけど、正統な右翼思想から外れた「醜い国粋主義」と新自由主義のしの字も知らない「薄っぺらい自己責任論」ってものすごく親和性が高くないですか?

 

なぜなら、共に「他人や他カテゴリーを攻撃して相対的に自尊心を高める」という目的を手っ取り早く達成するツールとなるので。

 

さて、ここから先を考える上で大切な前提があります。

 

それは、彼らが右翼でも新自由主義者でもないということです。

 

「ネトウヨ」というものの定義が難しいと言う方は大抵この前提が抜け落ちた状態で議論を始めようとします。

 

だからこそ、右翼的な傾向とリバタリアン的な傾向が共存している不可解な存在に直面していると感じ、頭を抱えるわけです。

 

実際はなんて事もなく、「ルサンチマン感情の行動レベルでの発露が結果的に右翼や新自由主義のあり方に表面上似た形になった」というだけであって、それがネトウヨなのです。

 

そうすると次の矛盾も消え去ります。

 

1.「社会的弱者」なのに「新自由主義的な正論」に共感を覚える人間が比較的多いこと.

→社会的弱者だからこそ、自分より更に弱い者や坂を転がり落ちた上級国民を自己責任だと責め、嘲笑う機会をいつも必要としているから.

ちなみに、今回の植松被告に死刑判決が下された件に関して、および普段から死刑制度そのものについて積極的に肯定しているネトウヨがいたとしても、それすら上記の内容に照らせば何ら矛盾したものではない.

 

2.「国粋主義的(政治右翼)」なのに、伝統を何一つ尊重せず(政治左派)、実施している政策のほとんどが「グローバリズム的(経済右派)」な自民党を支持し続けていること.

→「右派っぽさ」はノリが全てであるから、理論的背景や整合性などなくとも構わない.

だからこそ、いくら改革を唱えても「右派っぽい」と感じられ続ける限りネトウヨは安倍自民を支持し続ける.

 

以上のような流れで、自己責任論と国粋主義がそれぞれ系譜から切り離された形で融合した「ネトウヨ的主張」が正論として広まるにつれて、当然「正統な立場」から矛盾や誤りがあることを批判される機会というのは増えるはずなのですが、不幸なことに、批判が批判として機能しないのです。

 

長ったらしいし、内容が理解できないし、そもそも批判されると腹が立つので、ネトウヨの多くは批判に対して、内容を右から左に積極的に受け流した後、「批判されたという事実」を対象として罵倒や冷笑、個人攻撃を加えます。

 

そういうわけで、体系的な批判がほとんど通用しない中で「ネトウヨ的主張」は様々な人々に広く正論として受け入れられていくのです。

 

もちろん、程度の差はあるので臆面もなく全面的に賛同し、吹聴する層はそう多くないのでしょうが、それがまた拡散を効率化、促進、加速させる働きを持ちます。

 

誰もが在特会のような大胆なヘイトスピーチを貫く胆力を持っているわけではないですが、腹の底で弱者の切り捨てや差別に対する肯定感をひっそりと抱き、それに人知れず納得することは可能です。

 

また、何よりも先ほども述べたように、その方法が「劣等感」や「疎外感」を払拭するための最短の道である以上、多少なりとも悩みがある人の多くを魅了する魔性の力を持っています。

 

このように、意識、無意識を問わず、人々にこの主張が拡散する中で、「ネトウヨ的主張が正論である」かのような空気感というものも形成され、盤石となっていきます。

 

この段階まで来ると、もはやネトウヨ的正論に同意することが「社会的な暗黙の共通認識」のようなものとして扱われるようになります。

 

その地位にあるのだから、という理由で議論の余地がなくなるといいますか、社会全体としてその空気感に従うのが「常識的」であるとされるため、それに基づいた忖度であるとか、あるいは同調圧力であるとか、そういったものがあからさまに生じるようになってきます。

 

実際、植松被告の犯行について、水面下でそれを肯定的に捉えるのみならず、匿名とはいえ積極的に共感、賛同するような書き込みが現れたり、また、国会議員が特定カテゴリーの人間と出生率を結びつけて生産性が低いと揶揄したり、そうした事態に対して「怒り」や「恐れ」、「違和感」などを抱く人間があまりにも少なすぎやしませんか?

 

先ほど、この段階まで来ると、と述べた部分については「既にだいぶ来るとこまで来ている」と言い換えた方が良いのかもしれません。

 

原点に立ち返って考えてみれば、「ネトウヨ的正論」というものは、社会的弱者の立場を元に考えてみても、倫理的な価値を元に考えてみても、思想および学問的な定義や効用を元に考えてみても、本来なら何一つとして肯定できる要素が見当たらないのですが、ただ一つ、あまりにも魅力的だからこそ人々に容易く広がり愛されてしまいます。

 

 

 

これからの時代のために必要なのは果たして「稼ぐための力」だけなのでしょうか?

 

 

本当に、そうなのでしょうか?

 

 

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Comments from NEMber
物愚者
2020-03-18 23:00:07ID:180088

>>7zoesan::さん

>多くの方が怒り、恐れ、違和感を感じているのですが、正論に対して返す言葉がないというのが本音かもしれませんね。
空気感に抑圧されて返せない人の本心はせめてそうであってほしいものです...

> 遠い祖先の埋葬された遺跡から怪我をして動けなくなった人(狩りができない人)を養って生活を共にしていたという記録も見つかっています。
それなんですよね。
こうした相互扶助が過去にあったんですよね。
なんなら村八分でさえも火事と葬式は手を貸していたわけで、そう考えると「自然か、不自然か」という議論ですら村十分推奨の自己責任論は不自然ということになりますから。

やはり経済的な生産性に重きを置いた激しい競争が展開されることや、生産性に貢献する限りにおいて生存が保証されるということについて、それが「自然であるから」という理由で全面的に肯定されるような論調自体の妥当性にメスが入れられなければならないと思いました。

7zoesan
2020-03-18 22:19:44ID:180081

”「怒り」や「恐れ」、「違和感」などを抱く人間があまりにも少なすぎやしませんか?”
多くの方が怒り、恐れ、違和感を感じているのですが、正論に対して返す言葉がないというのが本音かもしれませんね。
そもそも「生産性」があることが生きることの前提条件っていう前提自体の正しさをもっと議論すべきだし、考えなければならいのですが・・・
遠い祖先の埋葬された遺跡から怪我をして動けなくなった人(狩りができない人)を養って生活を共にしていたという記録も見つかっています。
この世に生を受けた以上、死の権利はその人しか行使できないものだと思います。

物愚者
2020-03-18 22:18:26ID:180080

>>やそ::さん

サル的な納得され易さを基準にしたら正論ですけど...

建前が不気味なほど白々しいという批判と建前の破壊の肯定はまた違うというか。

やそ
2020-03-18 21:39:33ID:180062

いやほんと。
植松死刑囚の発言は正論なんですよ。

植松被告の語りを、信じられない。どうしてそういう発想になるのか。この裏に隠された真意とは。
とか報道などで言ってる偽善者ぶってる社会よりも、よっぽどまともなことを言ってる。


植松の言ってることは分かる。だけど、やっぱり殺しはいけないよなぁ。なんとかするよ!
って言える偉い人が出てきたらそういうのに流れると思ってます。

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竿と玉。

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そんなに生きることに焦ってどうするんだい?
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