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【古事記入門】その9:スクナビコナ

nem105xem (7)
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2018-10-14 17:56:23
【古事記入門】その9:スクナビコナ

前回は、オオクニヌシが根の国のスサノオのところから、娘のスセリビメと剣や弓矢を奪って逃げてきました。

 

今回はその後日談と、相棒とスクナビコナとの「国作り」について読んでいきます。

 

 

オオクニヌシの家庭事情

前回の記事について「ヤガミヒメどこ行った!?」というツッコミが入りましたので、まずはそこの補足から。

 

かれその八上比賣は先の期(ちぎり)のごとみとあたはしつ。かれその八上比賣は、て來ましつれども、その嫡妻須世理毘賣をみて、その生める子をば、木のに刺し挾みて返りましき。かれその子に名づけて木の俣の神といふ、またの名は御井(みい)の神といふ。

 

葦原中国に帰ってきたオオクニヌシは、かねて約束していたとおり、ヤガミヒメ(因幡のマドンナ)を妻に迎えます。
しかしヤガミヒメは正妻であるスセリビメ(スサノオの娘)に遠慮して、生まれた子供を木の股に挟んで実家に帰ってしまいました。

 

この子供は「木の股の神」または「御井の神」と呼ばれている。
とのことですが、これがどんな神様であったのかについては、特に記述がありません。まあ飢え死にすることなく一人前の神様には育ったようで幸いでした。

 

 

 

さてオオクニヌシは、このあと高志の国のヌナカワヒメに言い寄ってスセリビメに激怒される他、多くの女性と関係を結びます。

 

これは周辺諸国と姻戚関係を結んで同盟関係となり、安定した支配体制を築こうとしたものでしょう。
武力ではなく同盟関係で統一を進めようという態度は、オオクニヌシらしいような気がします。

 

オオクニヌシの妻と、その子供の一覧がこちらです。

 

 

スクナビコナの来訪

ある日、オオクニヌシが美保の岬から海を眺めていると、ガガイモの莢の船に乗り、蛾の皮を着物にした、小さな神様がやって来ました。

 

かれ大國主の神、出雲の御大の御前(みほのみさき)にいます時に、波の穗より、天の羅摩(かがみ)の船に乘りて、鵝(ひむし)の皮を内剥ぎに剥ぎて衣服にして、帰り來る神あり。ここにその名を問はせども答へず、また所從の神たちに問はせども、みな知らずと白しき。ここに多邇具久(タニグク。ヒキガエルのこと)白して言さく、「こは久延毘古(クエビコ。カカシのこと)ぞかならず知りたらむ」

 

オオクニヌシは小さな神様に名前を問いましたが、答えてくれません。

仲間たちにも、この小さな神を知っている者はいません。ヒキガエルは「カカシなら知っているだろう」と言います。

 

すなはち久延毘古を召して問ひたまふ時に答へて白さく、「こは神産巣日(カミムスビ)の神の御子少名毘古那(スクナビコナ)の神なり」と白しき。

 

カカシを呼んで聞いてみると「この神はカミムスビの神の子で、スクナビコナの神です」と答えます。

 

 

カミムスビは造化三神のひとりで、オオクニヌシの最初の生き返りに協力してくれた人ですね。

 

ヒキガエルは古来、日本じゅういたる所に生息していたので、地上の様々なことを見聞きして知っているとされていました。

一方カカシは神の依り代であり、歩きまわることは出来ないものの、その霊妙な力によってあらゆることを知ることが出来るのだとされました。

 

 

伊坂幸太郎の小説『オーデュボンの祈り』には何でも知っていて予知能力もあるカカシが登場しますが、このクエビコがモデルだと思われます。

 

 

国作り

高天原のカミムスビにいちおう確認してみると「確かにスクナビコナは私の子で、オオクニヌシを手伝って国を作り固めるために派遣したんだよ」と言います。

 

さて、これを受けてオオクニヌシとスクナビコナは協力しあって「国作り」の大事業を成し遂げるのですが、その記述が妙にあっさりしていてよく分かりません。

 

かれそれより、大穴牟遲と少名毘古那と二柱の神相並びて、この國作り堅めたまひき。然ありて後には、その少名毘古那の神は、常世の國に度りましき。

 

2人は協力して国を作り固めた。その後、スクナビコナは常世の国へと去っていきました。

 

 

これだけではさっぱり分からないので、参考に『日本書紀』を見てみましょう。

 

夫れ大己貴命(オオナムチノミコト)と少彥名命(スクナビコナノミコト)、力を戮()はせ心を一にし、天下を経営す。
復た、顯見蒼生(うつくしきあおひとくさ。地上の人間のこと)及び畜産が為に、則ち其の療病之方を定む。又、鳥獸昆蟲の災異を攘ふ為に、則ち其の禁厭の法を定む。是以、百姓今に至り、咸(ことごと)く恩頼(みたまのふゆ)を蒙れり。

 

『書紀』の文章は読みにくいですが、彼らがやったことは

  • 天下の経営、つまり政治。
  • 人々や家畜の病気を治す方法を定めた。医療の基礎。
  • 農作物を鳥獣害、虫害から守る方法を定めた。

すなわち政治体制を整え、国民の健康を増進し、生産性を高める統治体制を確立していったということが分かります。

 

 

それまで「ムラ」の延長のような共同体が好き勝手に存在していた状態から、もっと広い範囲を治める「国家」のシステムが形成されていった様子が伺えますね。

 

御諸山の神・大物主

 スクナビコナが去ってしまうと、オオクニヌシは「私ひとりだけで、どうやってこの国を運営していけば良いんだ?」と悩みます。つくづく1人では何も出来ない人です。

 

 ここに大國主の神愁へて告りたまはく、「吾独りして、如何かもよくこの國をえ作らむ。いづれの神とともに、吾はよくこの國を相作らむ」とのりたまひき。

この時に海を光らして依り來る神あり。その神の言りたまはく、「我が前をよく治めば、吾よくともどもに相作り成さむ。もし然あらずは、國成り難けむ」とのりたまひき。

ここに大國主の神まをしたまはく、「然らば治めまつらむ状はいかに」とまをしたまひしかば答へてのりたまはく、「吾をば倭の青垣の東の山の上に齋きまつれ」とのりたまひき。こは御諸の山の上にます神なり。

  

すると、やはり海の向こうから光輝く神が現れ「私を奈良の御諸山に祀れば、手伝ってやろう。もしそうしなければ、国は完成しないだろう」と言います。

オオクニヌシは言うとおりにこの神を祀り、無事に立派な国が出来上がります。

 

 

なんだかこの一段は取ってつけたような、おざなり感がただよっていますね。

 

神話編纂の目的は端的に言えば、「天皇家や当時の豪族たちの出自を明らかにし、そのパワーバランスや大和政権の支配体制の正当性を示す」ことにあります。

そのなかで「御諸山さんのところ、ちょっとアゲ気味で登場させといて」みたいな指示があったのかもしれません。

 

この御諸山の神は後に再登場するのですが、その際に「大物主神」と名乗ります。

 

 

まとめ

以上、オオクニヌシとスクナビコナによる「国作り」のお話でした。

 

 

次回からは「国譲り」の話を見ていきます。

 

結局、大和政権が大仰な神話編纂作業を通していちばん言いたかったのがこの「国譲り」の部分であり、『古事記』のハイライトだと思います。

お楽しみに!

 

Comment
やそ
やそ
2019-01-25 16:50:47ID:34215

ここで越の国がでてくるんですねー。

この記事を書いた人
東京都北区王子でカフェやってます。